================================ 導体・絶縁体・半導体 ================================ 私たちは日常的に金属はよく電気を通すし、ガラスなどは電気をほとんど通さない、と言うことを知っています. これらは抵抗率の違いで、金属など電気を通しやすいものは導体、逆にガラスなどの電気を通しにくいものを絶縁体と呼び、その中間の抵抗率のものを半導体と呼んでいます。 ものの本には金属と半導体の境目は $10^{-3}[\Omega cm]$ 、半導体と金属の境目は $10^6 [\Omega cm]$ 程度と書かれているが、では、この抵抗率の違いはどこから来るものなのでしょうか?また、導体と半導体、半導体と絶縁体はどこが違うのか、考えてみたいと思います。 エネルギー帯 ------------------------------- 抵抗率のことを考えるためには、やはり電荷を運ぶ担い手である電子のことについて理解しなければなりません。 そのために、まず原子1個の周りを回る電子のことから考えてみましょう。 原子1個の場合 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ 量子力学によると、「電子が取りうるエネルギーの値はとびとびである」という結果が得られます。原子1個の場合について、これを概念的に表すと下の図のようになります。 .. image:: shino-differenceOfResistance-fig1.png これは、縦軸がエネルギーのグラフだと思ったらいいでしょう。横軸に意味はありません。(線を太く描いていますが、実際には1本の線です。) この図で示してあるように、電子が取ることのできるエネルギーを、「エネルギー準位」(または単に「準位」)と呼びます。エネルギー準位は言わば電子が座ることの出来る「座席」だと思ってもらえば、イメージしやすいでしょう。電子はエネルギー準位、つまり「座席」があるところには座れますが、座席のないところに座ることは出来ません。 原子が多数の場合 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ では、原子が1個ではなく、多数(N個とします)の原子が集まった場合はどうなるのでしょうか。原子1個の場合と同じことが言えるのでしょうか? 実は、原子1個の場合と違う構造になります。それは、「パウリの排他律」というものが効いてくるからです。 パウリの排他律とは、「二つの電子が同じ状態をとることはできない」というものです。要するに、「一つの座席に二つ以上の電子が座ることは出来ない」と思っていただけたらよいと思います。 では、パウリの排他律が効いて来ると、どのようなことが起こるのでしょうか? 今、N個の原子が集まって一つの固体を作ったとします。すると、パウリの排他律により、N個の原子に属する電子はそれぞれが同じエネルギーを取ることができないため、少しだけエネルギーの違う準位を作り、もともと1本だったエネルギー準位はN本に分かれることになります。原子1個の場合と同じように、概念的に表すと、下の図のようになります。 .. image:: shino-differenceOfResistance-fig2.png ここで、Nはとても大きな数です。例えば、角砂糖程度の大きさの固体には $10^{23}$ 個程度の原子があります。Nがこれだけ大きいと、N本の準位のエネルギー差を測定することは不可能で、見た目上ほとんどエネルギー準位が連続的に分布していて、バンド(帯)状の準位を作ります。これが、「エネルギー帯(エネルギーバンド)」と呼ばれるものです。 抵抗率の違い ------------------------------- エネルギー帯が理解できたところで、次はいよいよ物質中での電気伝導、即ち電子の移動について考えてみたいと思います。 一般に自然界では、エネルギーが低い状態で安定となります。すなわち、物質中での電子は、エネルギーが低いエネルギー帯から順番に埋まっていくことになります。このとき、エネルギー帯の埋まり方は、次の2種類に分けることが出来ます。 .. image:: shino-differenceOfResistance-fig3.png この図で、エネルギー帯は3つしか書いていませんが、実際にはこの上と下にもっとたくさんのエネルギー帯があります。 (1)の図では、電子はあるエネルギー帯の半分くらいまで詰まっていて、残りの半分は空になった状態です。(2)の図では、あるエネルギー帯まで電子がいっぱい詰まっていて、それより上のエネルギー帯では空になった状態です。 実は、(1)が導体の場合のエネルギー帯を示していて、(2)が絶縁体や半導体の場合のエネルギー帯を示しているのです!いよいよ、先が見えてきましたね!では、それぞれの場合について、どのように電気が伝わるのか、詳しく見ていくことにしましょう。 導体 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ 上に示した図の(1)において、電気伝導に関与する電子は、どのエネルギー帯に属している電子だと思いますか?下側のエネルギー帯では、電子はいっぱいに詰まっていて身動きが取れない状態です。電子が動けないので、電気伝導には関与しません。上側のエネルギー帯では、電子が居ません。電気を運んでくれる電子が居ないので、電気伝導には関与しません。すると、真ん中のエネルギー帯に属している電子が電気伝導に関与することになります。 そこで、真ん中のエネルギー帯に注目しましょう。 .. image:: shino-differenceOfResistance-fig4.png この図は、真ん中のエネルギー帯のみを拡大しました。縦軸をエネルギー、横軸を距離のグラフと思ってください。 この図で、今左向きに電界がかかっているとします。すると、そこにある電子は電界から力を受けて、ある速度を持つことになります。速度を持つということは、電子は運動エネルギーを得たことになりますから、もともと居たエネルギーより少し上のエネルギーを持つことになります。電子が少しのエネルギーを得ることが出来たら、このエネルギー帯の上のほうは空席が多いので、電子は自由に動き回ることが出来ます。これにより、電界から少しのエネルギーを得た電子は、電界と逆方向に移動することになり、電流が流れることになるのです。 絶縁体・半導体 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ 勘のいい人なら、もうお分かりでしょう。 (2)の図の場合、電子がいっぱい詰まっているエネルギー帯と、電子が空のエネルギー帯しかありませんよね。だから電子が動きにくいのです。 .. image:: shino-differenceOfResistance-fig5.png 導体の場合と同じように、今度は電子が詰まっている一番上のエネルギー帯と、電子が空のエネルギー帯の部分を拡大して書いてみました。 電子が動くためには、電子が詰まっているエネルギー帯では身動きが取れないので、一つ上のエネルギー帯に飛び移らなければなりません。この飛び移らなければならないエネルギーの差を「禁制帯幅(バンドギャップ)」と呼んでいます。禁制帯幅ほどのエネルギーを電子に与えるには、とても大きな電界が必要になります。つまり、とても大きな電圧をかけなければならないわけです。導体の場合と比べて、同じ電流を流すのに(2)の方が大きな電圧を必要としますよね?このようにして、導体と絶縁体・半導体の抵抗率の違いが生まれます。 絶縁体と半導体の違い ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ ここまで読んだ方の中には、「あれ?じゃぁ、絶縁体と半導体の違いは何??」と思った方もおられるでしょう。その違いはなんだと思いますか? 実は、絶縁体と半導体では禁制帯幅が違うのです。禁制帯幅の比較的小さな物質は電界からエネルギーを得て電子が上のエネルギー帯に飛び移り、ある程度の電流が流れます。しかし、禁制帯幅がとても大きいと、電界からエネルギーを得て禁制帯幅を飛び越えることが出来ないため、とても大きな抵抗率となります。 また、禁制帯幅は半導体材料を特徴付ける最も重要なパラメータでもあるのです。 おまけ ------------------------------- ここまで論じてきた「エネルギー帯構造」の話は、一般に「バンド理論」と呼ばれるものです。この、バンド理論を使うと、物質の抵抗率だけではなく、他の色々な物理現象も説明できるのです!その一例として、金属光沢の話をしましょう。 金属光沢 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ 量子力学によれば、光は波であると同時に、 $h\nu $ のエネルギーを持った粒子でもあります。この光の粒子が金属表面に当たると、光のエネルギーはすべて電子に奪われ、(1)のエネルギー帯において、電子は元のエネルギーより少し高いエネルギーへと飛び移ります。一度飛び上がった電子は、低いエネルギー状態へ移ろうとするため、光からもらったエネルギーをもう一度光として放出し、元のエネルギーの状態へ戻ります。このとき放出された光を、私たちは「金属光沢」として目にしているのです。 .. image:: shino-differenceOfResistance-fig6.png また、半導体や絶縁体では、禁制帯幅が光のエネルギーよりも大きい場合、導体の場合と同じように、光は電子にエネルギーを与えることは出来ません。このため、光は物体で吸収されずにそのまま透過してしまうことになります。ガラスなどの絶縁体が光を透過するのはこのためなのです。 金属光沢から生まれたノーベル賞 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ 2000年にノーベル化学賞を取られた白川英樹博士、彼のノーベル賞受賞のきっかけは、なんと金属光沢を持つプラスチックの発見であったそうです。 ある学生が、プラスチックの作製の際に、間違って普段より1000倍ほど濃い触媒を用いてしまいました。そして出来た有機物が金属光沢を持っていることに気づき、「もしや?」と思って抵抗率を測定してみると、なんと抵抗率が金属のような低い値を示したことから「導電性ポリマー」の研究が始まったそうです。 私たちの身の回りにも、まだまだ大きな発見につながる小さな物理現象が隠されているのかもしれません。 @@author:篠原@@ @@accept:2005-09-22@@