物理のかぎしっぽ 記事ソース/空洞放射 の変更点

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 空洞放射
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 量子力学誕生のきっかけとなったのが,いまからお話する「空洞放射」の問題です.
 18世紀後半,石炭や鉄を豊富に有するイギリスで産業革命が起こりました.
 鉄を精錬する溶鉱炉が飛躍的に進歩し,時はまさに鋼鉄の時代です.
 パリを象徴するエッフェル塔も,この時期に建造されました.
 
 良い鉄をつくるには,温度を正確に測ることが非常に重要なファクターになります.
 が,融けた鉄は相当な高温になり,当時,このような高温を正確に測る技術はありませんでした.
 あったのは職人たちの経験とカンです.しかしそれでは大量に高品質な鉄をつくることは困難です.
 
 誰でも温度を正確に測れるように,なんとか機械的に測定できないものかという目的で,
 物理学が駆り出されました.水銀で測る普通の温度計で高温は測れません,温度計も融けてしまいます.
 鉄を高温にすると温度に応じた光を放つことが分かっていたので,
 物理学者たちはその光の振動数と温度の関係を調べました.
 
 
 空洞放射の実験値
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 焼けた鉄をみたことあるでしょうか.僕はテレビでみたことあります.
 赤い色をしていますよね.そして温度が高くなるにつれ白っぽく変化するようです.
 
 黒い壁で囲まれ中身が空っぽの熱炉があったとします.
 炉を熱するとまず壁のエネルギーが高くなり,つぎに壁の内側に伝わります.
 中身は空っぽなので空洞中には壁からのエネルギーだけが貯っていくことになります.
 空間中をエネルギーが伝わる現象を「放射」というので,
 空洞放射です(放射は「輻射」ともいいます).
 壁からの放射の強度分布がどんなふうになっているのかを示すのがつぎのグラフです.
 
 .. image:: sakima-hollow-1.png
 
 ある振動数でピークをもっていることが分かります.
 低温ではピークは振動数が低い側に,高温ではピークは振動数の高い側にあります.
 振動数の変化は色の変化(波長の変化)に直結しますから,これが色と炉の温度の関係といえます.
 
 
 ウィーンの式
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 空洞輻射の振動数 $\nu$ に対する光の強度 $U$ を表す式として,ウィーンは
 <tex>
 U(\nu)=a\nu^3e^{-b\nu/cT}
 </tex>
 というものを考えました. $a$ , $b$ , $c$ は実験値に合わせて決める定数です.
 このグラフはつぎのようになります.
 
 .. image:: sakima-hollow-2.png
 
 点線で描いているのが実験値です.だいたい良いようにみえます.
 振動数の高い領域では合っていますし,初期の頃はこれで正しいと思われていました.
 が,振動数の低い領域ではどうしても実験値を再現できなかったのです.
 
 
 レイリー・ジーンズの式
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 対して,レイリー・ジーンズが気体分子運動論からの厳密な理論から導いたのが下の式です.
 <tex>
 U(\nu)=\frac{8\pi k_\mathrm{B}T}{c^3}\nu^2
 </tex>
 $c$ は光速, $k_B$ はボルツマン定数です.
 この式は当時の物理法則から得たものですから,
 当時の理論が正しいのならばこの式は正しい結果を示すはずでした.しかしグラフは
 
 .. image:: sakima-hollow-3.png
 
 のようになり,振動数が小さい部分ではぴったり合っていますが,
 大きい部分ではとたんに合わなくなっています.
 そもそもレイリー・ジーンズの式によると,
 光の強度は振動数の2乗に比例していくらでも強くなってしまいます.
 これでは熱せられた空洞炉が無限にエネルギーを貯めることができてしまうので,
 おかしなことになっています.
 
 なにより,レイリー・ジーンズの式は当時の物理法則に従い,
 理論的にあいまいなく導かれたものでした.
 それで実験事実を表現できないことが,物理学に対して投げかけられた大問題でした.
 
 
 プランクの式
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 ウィーンの式は振動数が高い側,レイリー・ジーンズの式は振動数の低い側を表現できていました.
 これを捨てるのは惜しい.どうしたもんかと考えられていたなか,プランクが発表したのがつぎの式です.
 <tex>
 U(\nu)=\frac{8\pi}{c^3}\nu^2\frac{h\nu}{e^{h\nu/ k_\mathrm{B}T}-1}
 </tex>
 レイリー・ジーンズの式と同じく $c$ は光速, $k_B$ はボルツマン定数です.
 この式,振動数が低いときにはウィーンの式に,
 振動数が高いときにはレイリー・ジーンズの式になるように細工が施されています.それは
 <tex>
 \frac{h\nu}{e^{h\nu/ k_\mathrm{B}T}-1}
 </tex>
 の部分です. $e$ の肩に乗っている $h\nu/k_BT$ に着目してください.
 $h\nu$ が $k_BT$ よりとても大きいとき, $e^{h\nu/ k_\mathrm{B}T}$ は非常に大きな数になり,
 上の部分全体でゼロとなってウィーンの式になります.
 逆に, $h\nu$ が $k_BT$ よりとても小さいときにはレイリー・ジーンズの式に一致します.
 プランクの式のグラフはつぎのようになります.
 
 .. image:: sakima-hollow-4.png
 
 目論みどおり実験結果を正しく表しています.
 このようなことが出来たのも,プランクが式のなかに $h$ という量を導入したからでした.この $h$ は
 <tex>
 h = 6.62\times 10^{-34}\ \mathrm{J\cdot s}
 </tex>
 という非常に小さな量で,プランク定数と呼ばれます.
 プランクは最初,式を実験事実に合わせるためだけにこの量を考えたといいます.
 実験事実を表せたのはめでたいことですが,一体プランクはこの量をどう考えたのでしょうか.
 なぜ気体分子運動論から厳密に導いたレイリー・ジーンズの式だけではダメだったのでしょうか.
 つぎはこの謎に迫ってみましょう.量子力学の誕生までもう少しです.
 
 
 @@author:崎間@@
 @@accept:2004-05-21@@
 @@category:量子力学@@
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