物理のかぎしっぽ 記事ソース/なぜ-1と-1をかけると+1になるのか

記事ソース/なぜ-1と-1をかけると+1になるのか

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記事ソースの内容

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なぜ-1と-1をかけると+1になるのか
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中学校でマイナスの数を勉強すると、『 $-1 \times -1 = +1$ 』であることを習います。これは、マイナスの数の掛け算をするために覚えなければならない関係式ですが、なぜマイナスとマイナスを掛けるとプラスになるのか、理由はよく分からないままに丸暗記した人が多いのではないでしょうか。しかし、何か釈然としないものが残った人も多いと思います。私が中学校のときには、数学の先生が『借金を人に貸すと、財産になっちゃうってことですね。ワッハッハ』などと説明して済ましてしまいました。この先生は、きちんと数学が分かっていたのか、いま考えると疑問です。


.. [*] 人に「貸す・借りる」をそれぞれ $+$ と $-$ 、「もらう・あげる」をそれぞれ $+$ と $-$ に対応させるとすれば、確かに、借金の借用書を人に肩代わりさせることと、マイナス掛けるマイナスがプラスになることの間に、なにか対応関係があるような気がします。しかし、「肩代わりさせる」という行為を「掛け算」という演算に対応させてよいのか、そこと所が、この先生の例え話では一切明らかではありません。きちんと数学の話をしているときに、分かったような気にさせる例え話で誤魔化すのは良くありません。 


この記事では、 $-1 \times -1 = +1$ となることを、きちんと数学的に証明したいと思います。別に難しい議論ではないので、中学一年生の人でも隅々まで理解できると思います。


幾つかの定義
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証明に入る前に、幾つかのことを定義しておく必要があります。数学では、当たり前と思われることでも、使う前にきちんと約束事を取り決めておくのです。



.. admonition:: definition 

	【定義1】 $1$ は乗法の単位元です。 


少し難しい言葉を使いましたが、要するに、「掛け算において、何かに $1$ を掛けても変わらないよ」ということです。この定義は、 $a$ がどのような数だとしても次のような計算が成り立つ、という主張でもあります。

<tex>
1 \times a = a 		\tag{1}
</tex>

<tex>
a \times 1 = a 		\tag{2}
</tex>


.. [*] 蛇足ですが、足し算における単位元は $0$ であることを確認しておいて下さい。任意の数 $a$ に対して、 $a+0=a$ , $0+a=a$ が成り立ちますね。加法の単位元を、とくに零元と呼ぶこともあります。


もう一つ、マイナスの数とは何かということを定義します。


.. admonition:: definition 

	【定義2】任意の数 $a$ に対して、 $a+b=0$ を満たすような数 $b$ が存在するとき、このような数 $b$ を $-a$ と呼ぶことにします。


私達が考えている実数の足し算では交換則が成り立ちますので、この定義から次の二式が成り立つことが分かります。 

<tex>
a+(-a)=0	\tag{3}
</tex>

<tex>
(-a)+a=0	\tag{4}
</tex>


.. [*] 二つの数を演算して、答えが単位元になるとき、この二つの数は互いに逆元の関係にあると言えます。上の定義2では、 $0$ は加法の単位元ですから、 $a$ は $-a$ の逆元であり、 $-a$ は $a$ の逆元です。乗法の単位元は $1$ ですから、 $a \times (1/a) = 1$ もしくは $(1/a) \times a =1$ という関係を考えると、 $a$ の逆元は $1/a$ だと分かります。(ただし $a=0$ の場合を除く。)足し算と掛け算は、実数を使って行える計算として最も重要かつ基本的なものですが、どちらにも「逆元が存在する」という性質が本質的に重要です。



証明
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まず、【定義2】より、 $1$ について次の式がなりたちます。(これは性質というよりも、 $-1$ という数の定義だと考えたほうがいいでしょう。)

<tex>
1 + (-1) = 0 		\tag{5}
</tex> 

両辺に右側から $-1$ を掛けます。

<tex>
1 \times (-1) + (-1) \times (-1) = 0 	\tag{6}
</tex> 


右辺が $0$ になるのは良いでしょうか。どんな数でも、 $0$ を掛ければ $0$ になってしまうのでした。左辺の第一、第二項に関しては、【定義1】より、 $1 \times (-1) = -1$ が言えます。


<tex>
-1 + (-1) \times (-1) = 0 	\tag{7}
</tex> 

両辺に(左から) $1$ を足します。


<tex>
1+( -1) + (-1) \times (-1) = 1 	\tag{8}
</tex>

左辺の第一・二項は、【定義2】より $1 + (-1) =0$ となるはずです。(もっとも、この関係はすでに式 $(5)$ として使っていますので、「式 $(5)$ より」と書いても良いです。)これより、 $0$ を省くと次式を得ます。


<tex>
(-1) \times (-1) = 1 	\tag{9}
</tex>


(証明終わり)


中学生の読者のみなさんは、パソコンの画面を眺めるだけでなく、ぜひ一度自分で手を動かしながら、証明を紙の上で再現してみてください。


.. [*] 実は、途中の足し算や掛け算の操作において、交換則、結合則、分配則といった性質が成り立つことを前提としています。数学的に細かいことを言えば、こういった性質も当然のものではなく、「数とは何か」「計算するとは何か」といった問題の前提として、よく考えなければならないものなのです。この記事をきっかけに、そういった問題を深く考えたくなる人が出てくれば筆者は大変に嬉しいです。


まとめ
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足し算や掛け算の定義から、 $-1 \times -1 = +1$ であることが示されました。この議論を出発点として、「そもそも掛け算って何なんだろう?」というところまで突き詰めて考え始める人がいれば嬉しいことです。この問題を考えるには、「そもそも数って何なんだろう」という問題まで遡らなければなりません。数があってはじめて、私達は足し算なり掛け算なりが出来るのですから、こういった演算と、数の性質というのものは、切り離せないような気がします。


数とは何かと聞かれて、「数っていうのは、物を数えるのに使う1,2,3,...っていうやつだよ」と答えるのは、とても自然で純粋な答えですが、あまりに素朴すぎます。小中学校の段階だけでも、小数、分数、負の数、無理数( $\pi =3.14159265....$ のように小数で書くと無限に書き終われない数)など、自然数から拡張された概念が出てきます。こうした色々な「数」で物の数を数えるというのは、日常生活の感覚からいって不自然なことです。(「リンゴが $\pi$ 個」などと言えるでしょうか?)つまり、私達は日常感覚から大きく離れた数学という世界の中での話をしていることを明示的に認識せねばなりません。 


数学者が「数」と呼ぶのは、次のような集合のことです。


1. 「加法」「乗法」という二つの演算を定義できます。
2. 加法にも乗法にも、単位元と逆元があることとします。
3. 加法と乗法では、どちらでも分配法則がなりたちます。 $(a+b) \circ c = a \circ c + b \circ c$  ,  $a(b+c) \circ c = a \circ b + a \circ c$  


ここで言う加法と乗法とは、別に私達がよく知っている「足し算」と「掛け算」じゃなくても良いのです。このような構造を持った集合があれば、どんなものでも数学者はそれを「数」と呼んでしまうのです。 

.. [*] 普通に知っている足し算と掛け算じゃなくてもいいとか、普通に知っている数じゃなくてもいいとか急に言われても、想像がつかなくて気持ち悪いかも知れません。しかし、想像がつかないことは、単に私達の想像力の限界を示しているだけであって、怖がることではないのです。むしろ、今の私達には想像がつかないものまでも、論理の力だけで定義してしまえることに数学者は数学の強力さを感じています。「何だか想像もつかない集合にまで、「数の概念」を勝手に拡張しちまいやがって。数学は、なんて無茶な野郎なんだ!」と感心して頂ければ良いと思います。


私達がよく知っている実数は、確かに普通の意味での足し算と掛け算を定義することができ、それぞれ単位元と逆元も存在することが確認できますので、数学者の言う意味において、ちゃんと「数」になっています。逆に、足し算や掛け算、そしてその単位元や逆元がなければ、数とは言えないのですから、【定義1】や【定義2】は、「実数が数であるための条件」とも言えるものであり、実数を数と認めることが当たり前であるのと同じくらいに、当たり前の定義なのでした。 

数直線を使った説明(蛇足)
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本稿の内容を説明するのに、学校や塾では、次のように数直線上を走る乗り物のイメージが使われる場合があるようです。例えば「数直線上を走るオモチャの自動車がある。速度 $+2$ で $2$ 秒後には右に $4$ つ進んでいるから、 $2 \times 2 = 4$ だ。速度 $-2$ で $3$ 秒後には左に $6$ つ進んでいるので、 $-2 \times 3 = -6$ だ。」といった説明です。数直線上を右に左に走る車のイメージは想像しやすいものですし、実際に黒板に数直線を描いて、自動車の形のマグネットでも貼って説明すれば、何となくそんなもんか、と思ってしまうかも知れません。 


しかし、この計算には、「速度が $+$ とは右に進むこと」「速度が $-$ とは左に進むこと」といった取り決めのほか、暗黙のうちに、「( $-$ 速度) $\times$ ( $+$ 時間) $=$ ( $-$ 距離)」、「( $+$ 速度) $\times$ ( $-$ 時間) $=$ ( $-$ 距離)」といった、速度・時間・距離の関係が前提とされています。つまり、正負の数の掛け算の規則が、説明の前提に入り込んでしまっています。ですから、これは説明とは言えず、単なる言い換えに過ぎないのです。


一般に、小学校や中学校では、数式の問題を証明するのに図形を描き、「図より明らか」と書いて済ますことがありますが、本来、数式と図形は論理的には同レベルにあるものであり、数式を図形に書き換えたところで何の説明にもなりません。数式の幾何学的な表現が図形であり、図形の代数的な表現が数式なのであって、両者は論理的には同階層にある概念なのです。「証明」という操作を行うには、あくまで上位概念による論証が必要です。


もちろん、図形や数直線を使った説明には、直観的に数式の内容を分かりやすくするというメリットはありますので、最初の導入で使うのは良いでしょう。しかし、数学的には、本稿で示したように、きちんと定義から論理的に証明を組み立てることが必要です。




@@author:Joh@@
@@category: 物理数学@@
@@id: m1xm1eqp1@@
@@accept:2009-09-13@@
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