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力学的時間
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ここでは力学的時間(Dynamical Time)という量について解説します。
力学的時間に関連して自由落下時間(Free-fall time)についても触れています。
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力学的時間
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力学的時間(専門とする人には Dynamical Time と言ったほうが通じるでしょう)は天文学、とくに天体力学の中でよく現れる量です。星が重力収縮する時間の見積もりなど、様々な場面で出てきます。
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球対称な系
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.. image:: sphere.png
まず、球対称な質量分布を考えます。このとき中心から半径 $r$ の位置にある単位質量をもつ質点が受ける力は次のようになります。
\bm{F}(\bm{r}) = - \frac{GM(r)}{r^2} \hat{\bm{e}_r} \tag{#def(eq1)}
ここで $\hat{\bm{e}_r}$ は動径方向の単位ベクトルです。
$M(r)$ は半径 $r$ より内側にある質量で、球対称な系を仮定しているので次のように書き表されます。
M(r) = 4\pi\int_0^r \rho (r') r'^2 dr' . \tag{#def(eq2)}
いわゆるニュートンの重力法則ですよね。
球対称な質量分布の中を質量 $m$ の質点が半径 $r$ の円運動を行う場合を考えます。
このとき質点の運動方程式は次のようになります。
m\frac{v_c^2}{r}=\frac{GM(r)m}{r^2}
これより、半径 $r$ の円運動をする質点の速さ $v_c$ は
v_c^2 = \frac{G M(r)}{r} \tag{#def(eq4)}
となります。この $v_c$ は circular speed と呼ばれています。(日本語ではなんて言うんでしょう?)
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密度が一様な場合
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さて、上述の系でさらに質量密度 $\rho(r)$ が一様である場合を考えます。つまり
\rho(r) = \text{const.}
です。密度が一様なので式(#ref(eq2))の積分を計算することができます。
M(r) & = 4\pi\int_0^r\rho r'^2 dr' \\
& = \frac{4}{3} \pi r^3 \rho .\tag{#def(eq5)}
式(#ref(eq5)) を式(#ref(eq4)) に代入すると円運動をする質点の速さ $v_c$ は
v_c = \sqrt{\frac{4 \pi G \rho}{3}} r \tag{#def(eq6)}
となります。
軌道運動の速さが分かったので、軌道周期 $T$ (質点が一周するのにかかる時間)をみてみましょう。
円周は $2\pi r$ ですから速さ $v_c$ で割って
T = \frac{2\pi r}{v_c} = \sqrt{\frac{3\pi}{G\rho}}
が軌道周期となります。質量分布が球対称で密度が一様な系では軌道周期は半径に依存しないことがわかります。
いままでは質量分布が球対称で密度が一様な系での円運動を考えてきました。
つぎにこの系において半径 $r$ の地点から質点を静かに離した場合の運動について考えます。
運動方程式は
\frac{d^2 r}{dt^2} = -\frac{GM(r)}{r^2} = - \frac{4\pi G \rho}{3} r
となります。
この運動方程式、もう一度書いてみましょう。
\frac{d^2 r}{dt^2} = -\frac{4\pi G \rho}{3} r
単振動の方程式の形をしていますね。したがって半径 $r$ に関係なく $r=0$ までの到達時間は
\tau_{\rm{dyn}} = \frac{T}{4} = \sqrt{\frac{3\pi}{16G\rho}} \tag{#def(eq7)}
とわかります。この $\tau_{\rm{dyn}}$ を力学的時間(Dynamical Time)と呼びます。
ある地点から手を離すと、中心からの距離にかかわらず時間 $\tau_{\rm{dyn}}$ で中心に向けて落ちていくのです。
いまは一様密度 $\rho = \rm{const.}$ で考えてきましたが、平均密度が $\bar{\rho}$ である系に対しても式(#ref(eq7))を用いて力学的時間を定義します。
力学的時間は近似的には軌道運動する質点がこの平均密度をもつ系を半分横切るのに必要な時間と等しくなります。
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自由落下時間
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力学的時間に関連したものに自由落下時間(Free-fall time) $\tau_{\rm{ff}}$ というものがあります。
これは一様密度 $\rho$ をもった流体が自己重力で中心に向かって重力崩壊するときの時間となります。
これを計算するには流体力学の知識が必要となるので計算は省略します。結果は次のようになります。
\tau_{\rm{ff}} = \frac{\tau_{\rm{dyn}}}{\sqrt{2}} = \sqrt{\frac{3\pi}{32 \rho G}}.
力学的時間の $1/\sqrt{2}$ という、シンプルな結果です。
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天体現象の時間スケール
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この $\tau_{\rm{ff}}$ は一様密度を持った流体が重力崩壊する現象のタイムスケールを見積もるのに使えます。
たとえばガス雲から星が形成されるときのことを考えてみます。 [*]_
星間雲の密度を $\rho = 10^{-19} \ \rm{kg} \ \rm{m}^{-3}$ とすると、自由落下時間は $\tau_{\rm{ff}} = 2 \times 10^{14} \unit{s} \sim 10^7 \unit{year}$ と求まります。
つまり $\rho$ のガス密度をもつ星間雲から星が形成されるタイムスケールは $10^7$ 年であることがわかります。
別の例として星の中心部の陥没があります。
星の中には進化の最後に超新星爆発を起こして最後を迎えるものがあります。
その超新星爆発も基本的には重力崩壊です。 [*]_
そのときの星の中心部の密度は $\rho = 10^{13} \ \rm{kg} \ \rm{m}^{-3}$ という莫大な密度です。
これに対応する自由落下時間は $\tau_{\rm{ff}} = 2 \times 10^{-2} \unit{s}$ で、超新星爆発の際に星の中心部が陥没する時間は約100分の1秒であることがわかります。
生まれるときには $10^7$ 年もかけて、死ぬときには $10^{-2}$ 秒で消えていくなんてなんだかすごいですね。
.. [*] 星というのは星間空間に広がるガス雲からつくられます。
.. [*] 超新星爆発にはいくつかタイプがあり、そのうちの一つが上の例のような重力崩壊をします。
@@reference: James Binney、 Scott Tremaine, Galactic Dynamics, Princeton Univ Press, 1988, 35-38, 0691084459@@
@@reference: 坂下志郎、池内了, 宇宙流体力学, 倍風館, 1996, 69-71, 4563024309@@
@@author: CO@@
@@accept: 2006-01-21@@
@@category: 天文学@@
@@id: dynamicalTime@@