================================= 部分群 ================================= 部分群という言葉は、ここまでにも何度も出てきました。直観的にも理解しやすい概念だとは思いますが、あまり正確に定義してはいませんでした。今後の議論に備えて、もう少し議論を掘り下げます。 ここまでは群の例を考えてきましたが、この辺りから群の性質に関する話が増えてきます。内容が抽象的すぎて分からないと感じたら、いつでも簡単な具体例に戻り、その話題を十分に消化するまで悩むことが大切です。先を急いではいけません。 部分群 ------------------------------------------------- ここまで、部分群という言葉をあまり正確に定義せずに使ってきましたが、今後、群を部分群に分けることが話題になりますので、まずは、もう少し丁寧に部分群の定義を与えるところから始めます。 群 $G$ の部分集合 $H$ が次の二つの条件を満たすとき、 $H$ を $G$ の部分群と呼びます。 1. $a,b \in H \ \Longrightarrow \ ab \in H \ \ \ (1)$ 2. $a \in H \ \Longrightarrow \ a^{-1} \in H \ \ \ (2)$ まず、ここで行われている演算は、 $G$ の演算と同じですから、結合則がなりたつことは前提になっています。最初の条件は、演算が閉じていること、すなわち群の公理の一番目の条件です。二番目の条件は、逆演算が存在するという主張です。 あとは、単位元の存在が示せれば $H$ も群だと言えるのですが、 $(1)$ で $b=a^{-1}$ と置けば、 $aa^{-1} = e \in H$ となって、 $(1)$ と $(2)$ から自動的に単位元の存在は保証されます。すなわち、 $1.$ と $2.$ を満たすことが、部分群となるための条件です。 群 $G$ の部分群のうち、最大のものは $G$ 自身です。また、最小のものは単位元 $e$ だけからなる群 $\{ e\} $ です。この二つは *自明な部分群* と呼びます。どんな群にも、この二つの部分群だけは必ず存在するからです。これら以外の部分群を *真部分群* と呼びます。真部分群があるかないかは、群によります。 巡回部分群 ------------------------------------------------- 群 $G$ (どんな群でも構わない)の任意の元 $a$ に対し、 $a$ を生成元とする巡回群 $H$ が存在するならば、 $H$ は $G$ の部分群となります。これを *巡回部分群* と呼びます。  巡回部分群 $H$ が、部分群の定義 $(1)$ と $(2)$ を満たすことを確認してみましょう。まず、 $H$ には $a$ の全ての冪乗が含まれているはずですので、次式がなりたちます。 a^{i}, a^{j} \in H \ \Longrightarrow \ a^{i+j} また、 $a^{i}$ に対して $a^{-i}$ も必ず $H$ に含まれてますから、逆元が存在し、 $a^{i}a^{-i}=e$ より単位元も $H$ に含まれます。 部分群のもう一つの定義 ------------------------------------------------ 上で与えた部分群の定義は直感的に意味も分かりやすく、十分にシンプルなものですが、さらに二つの条件を一つにまとめてしまうことができます。 条件 $(1)$ と $(2)$ より、次式が言えます。 a,b \in H \ \Longrightarrow \ a^{-1}, b \in H \ \Longrightarrow a^{-1}b \in H \tag{3} 条件 $(3)$ は条件 $(1)$ と $(2)$ から導かれた必要条件です。しかし逆に $a,b \in H \ \Longrightarrow \ a^{-1}b \in H$ が成り立つとすると、 $b=e$ と置くことで、 $a,e \in H \ \Longrightarrow \ a^{-1}e=a^{-1} \in H$ となり、 条件2.を導けます。 条件 $(2)$ が示せると、ここから $a,b \in H \ \Longrightarrow \ a^{-1},b \in H \ \Longrightarrow \ (a^{-1})^{-1}b \in H \ \Longrightarrow \ ab \in H$ として、条件(1)も導けます。(単位元は、 $b=a$ とすれば、 $a,a \in H \ \Longrightarrow \ a^{-1}a=e \in H$ となり、 $H$ に含まれることが示せます。) 従って、条件 $(3)$ は条件 $(1)(2)$ の必要十分条件になっており、 $(1)(2)$ の代わりに $(3)$ を部分群の定義にしても良いということになります。 .. [*] パッと見たところ、式 $(3)$ は片一方にだけ ${-1}$ が付いていたりして、これだけから群の公理を示せるというのが分かりにくい式形です。しかし、馴れるしかありません。 まとめ --------------------------------------------------- ここまでの議論をまとめます。次の $1.$ 〜 $4.$ は、部分群の定義としてどれも同値だということになります。 1. $H$ は $G$ の部分群である。 2. $a,b \in H \ \Longrightarrow \ ab \in H; \ \ e \in H; \ \ c \in H \ \Longrightarrow \ c^{-1} \in H$ 3. $a,b \in H \ \Longrightarrow \ ab \in H, \ a^{-1} \in H$ 4. $a,b \in H \ \Longrightarrow \ a^{-1}b \in H$ 4番目の定義が、ぱっと見ただけでは分かりにくいかも知れませんが、一番簡潔な表現になっているため、今後よく出てくることと思います。これを機会に慣れておきましょう。 .. [*] 加法群では $x^{-1}=-x$ と書かれますので、4番目の定義は $a,b \in H \ \Longrightarrow \ -a +b \in H$ となります。こんな形にも慣れておくと良いです。 練習問題 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ 四番目の定義を使って、次のことを確認してみましょう。 1. 正の実数全体 $R^{+}$ は、実数の乗法群 $R-\{0 \}$ の部分群になります。 2. 正則な $n\times n$ 行列全体の作る群の中で、 $n \times n$ の直交行列全体の作る集合は部分群になります(直交行列とは転置行列 $A^{t}$ が逆行列 $A^{-1}$ になるような行列で、 $A^{t}A=AA^{t}=E$ を満たすものです。) 記号 ------------------------------------------------------ 群 $H$ が群 $G$ の部分群であることを、記号で $H \subset G$ のように書きます。記号 $\subset , \supset$ は集合同士の包含関係を示すときに使い、 $\in , \ni$ は元の帰属関係を示すのに使います。例えば、 $\alpha , \beta \in K$ と書けば、 $\alpha$ と $\beta$ が集合 $K$ の元だという意味です。混乱しないように、記号に慣れていきましょう。 一つの定理 ------------------------------------------------------ 部分群になりたつ定理を一つだけ紹介しておきます。 .. admonition :: theorem 任意の部分群 $H$ には $H^{2}=H$ がなりたちます。 .. admonition:: proof 証明は簡単です。 $e \in H$ より、 $H$ の元 $h \in H$ に対して $eh \in HH \ \longrightarrow \ h \in H^{2}$ がなりたちます。これより $H \subset H^{2}$ が導かれます。一方、 $H$ は群なので演算について閉じているので $hh \in H $ のはずで、これより $H^{2} \subset H$ が導かれます。二つの式より $H=H^{2}$ が要請されます。■ .. [*] 二つの集合 $A,B$ が等しいことを示すのに、ここでやったように $A \subset B$ と $B \subset A$ を両方示し、ゆえに $A=B$ と結論づけるのはよくやる証明のテクニックです。 .. _三次方程式の解の公式: http://www12.plala.or.jp/ksp/algebra/CubicEquation/ .. _数学に出てくる○○空間ってなんだ?: http://www12.plala.or.jp/ksp/welcome/gismoSpace/ @@author:Joh@@ @@accept: 2006-04-23@@ @@category: 代数学@@ @@id: Subgroup@@