============================================= 対称群 ============================================= いくつかの記号の列を並べ替えるとき、並べ替える方法には何種類かあります。(記号の個数が有限ならば、可能な並べ替えの種類も有限です。) 例えば、3つの記号 $(abc)$ を並べ替えると、 $(acb),(bac),(bca),(cab),(cba)$ という並びが可能です。もとの $(abc)$ と併せて、全部で6種類の並び方が可能だと言うことです。 このような、『並べ替えという演算操作そのもの』を元として集合をつくると、これは群になります。これを *対称群* と呼びます。 .. [*] 京都に大将軍(たいしょうぐん)という地名があります。美味しいお豆腐屋さんがたくさんあることで有名です。 .. [*] 対称群のことを置換群とも呼ぶこともあります。全く同じ意味だ、と言い切っている教科書もあれば、対称群の部分群のことを置換群と呼ぶ、と書いているものもあります。正確な定義を知っている方は御一報下さい。 対称群 -------------------------------------------------------- まずは、全ての並べ替えの操作を元とする集合が、群になることを確認しましょう。本当は、細かい部分をきちんと証明をすべきですが、ここは元の公理が満たされることを直感的に理解して、先に進むこととします。 1. 並び替えの方法について、この集合には全ての方法が含まれていますので、二つの並び替え操作を合成しても、結局、なにか既知の並び替えの方法に等しくなるはずです。つまり、この集合は、演算の合成に対して閉じています。 2. 結合則がなりたちます。(いくつか試して、確認してみてください。) 3. 単位元が存在します。(単位元は『順番を何にも変えない』操作です。) 4. 逆元が存在します。(元に戻すための逆の並べ替えもあるはずです。) .. [*] 一般に、並べ替え操作は非可換であることも確認してみてください。 記号や関係する概念 ----------------------------------------------------------- 簡単のため、 $(abc)$ を $(bca)$ に並べ変える操作を、次のように括弧で表現することにします。上の段の文字が、この操作によってそれぞれ下の段の文字になるよ、という意味です。行列ではないので、混乱しないように注意してください。 \Big( \begin{array}{ccc} a & b & c \\ b & c & a \\ \end{array} \Big) 3つの文字列の並べ替え操作からなる対称群には、6個の元(群の元の個数を *位数* と呼ぶのでした)がありました。一般に、 $n$ 個の文字列の置換操作からなる群を、 *n次対称群* と呼び、 $S_{n}$ のように書きます。一般に、 $n$ 個の文字列を並び替える仕方は、 $n!$ 通りありますから、 $n$ 次対称群の位数は $n!$ だと言えます。 例えば、3次対称群は具体的に次のように書けます。 S_{3}=\Big\{ \Big( \begin{array}{ccc} a & b & c \\ a & b & c \\ \end{array} \Big) , \Big( \begin{array}{ccc} a & b & c \\ a & c & b \\ \end{array} \Big) , \Big( \begin{array}{ccc} a & b & c \\ b & a & c \\ \end{array} \Big) , \Big( \begin{array}{ccc} a & b & c \\ b & c & a \\ \end{array} \Big) , \Big( \begin{array}{ccc} a & b & c \\ c & a & b \\ \end{array} \Big) , \Big( \begin{array}{ccc} a & b & c \\ c & b & a \\ \end{array} \Big) \Big\} .. [*] 対称群は、高次代数方程式の解の公式を探求する過程で、方程式の解の対称性に着目したラグランジェやルッフィーニにより見出され、ガロアによって全面的に用いられるようになった、いわば群論の出発点となった群です。群論が特に数学的対象の持つ『対称性』と重要な関わりを持つことを考えれば、ガロアの洞察力には改めて敬服せざるをえません。 また、文字列を表わすのにアルファベットではなく、数字を使うこともできます。例えば、次のような具合です。 \Big( \begin{array}{ccccc} 1 & 2 & 3 & 4 & 5\\ 3 & 2 & 1 & 5 & 4\\ \end{array} \Big) 互換 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ とくに、文字列の中の二つだけを入れ替えて、他の順番は変えないような並び替えを *互換* と呼びます。例えば、次の置換は、 $a$ はそのままに、 $b$ と $c$ だけを入れ替える互換です。 \Big( \begin{array}{ccc} a & b & c \\ a & c & b \\ \end{array} \Big) 簡単のため、このような互換を $(bc)$ のように略記してしまうこともあります。また、互換を数字で $(1 \ 2)$ のように書くこともありますが、数字の $12$ と間違えないように、数字の間を少し間をあけて書きます。 巡回置換 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ 全部の並びを、一つずつずらすような置換を、 *巡回置換* と呼びます。例えば、次の置換は4項の巡回置換です。 \Big( \begin{array}{cccc} a & b & c & d\\ b & c & d & a\\ \end{array} \Big) 全ての巡回置換だけを集めると群になりますが、これを *巡回群* と呼びます。 巡回置換も、簡単のために $(a \ b \ c \ d)$ のように略記してしまう場合があります。例えば、もし $(a \ c \ d \ b)$ と書いてあったら一つずつずらして見ていけばよく、『 $a$ を $c$ に、 $c$ を $d$ に、 $d$ を $b$ に、 $b$ を $a$ に置き換える置換』という意味です。 一般に巡回置換は互換の積として表わすことが可能で、 $n$ 項の巡回置換は高々 $n-1$ 個の互換に分解できます。また、一般の置換は、巡回置換と互換の積に分解できます。 .. admonition:: theorem n次の巡回置換は、高々n-1個の互換の積に分解できます。 .. admonition:: proof 証明は帰納法によります。 $n=2$ の場合は、明らかに $1$ 個の互換、 $n=3$ の巡回置換は二種類しかありませんが、 $(1 \ 2 \ 3)=(1 \ 2)(2 \ 3)$ , $(1 \ 3 \ 2)=(1 \ 3)(2 \ 3)$ となって、どちらも二個の互換で表わせます。一般に $n$ 項の巡回置換が $n-1$ 個の互換の積で表わせるとします。このとき、 $n+1$ 個の文字の巡回置換 $\Big( \begin{array}{ccccc} a_{1} & a_{2} & .... & a_{n} & a_{n+1}\\ b_{1} & b_{2} & .... & b_{n} & b_{n+1}\\ \end{array} \Big)$ を考えます。例えば $a_{1}$ に着目すると、 $b_{1},b_{2},....,b_{n}, b_{n+1}$ の中には、必ず $a_{1}$ と等しいものがあるはずです(これを $b_{p}$ とします)。すると、 $\Big( \begin{array}{ccccc} a_{1} & a_{2} & .... & a_{n} & a_{n+1}\\ b_{1} & b_{2} & .... & b_{n} & b_{n+1}\\ \end{array} \Big)=(b_{1} \ b_{p}) \Big( \begin{array}{ccccc} a_{1} & a_{2} & .... & a_{n} & a_{n+1}\\ a_{1} & b_{2} & .... & b_{n} & b_{n+1}\\ \end{array} \Big)=(b_{1} \ b_{p}) \Big( \begin{array}{cccc} a_{2} & .... & a_{n-1} & a_{n}\\ b_{2} & .... & b_{n-1} & b_{n}\\ \end{array} \Big)$ となります。 $\Big( \begin{array}{cccc} a_{2} & .... & a_{n-1} & a_{n}\\ b_{2} & .... & b_{n-1} & b_{n}\\ \end{array} \Big)$ の部分は $n-1$ の互換で表わせるはずでしたので、全体として $n$ 項の互換で表わせるはずです■ 系として、この定理は次のように書かれることもあります。 .. admonition:: theorem 任意の置換は、巡回置換の積として表わせます。 互換は巡回置換の一種なのですから、この定理は明らかです。 練習問題1:次の関係を確認してみましょう ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ \Big( \begin{array}{ccccc} 1 & 2 & 3 & 4 & 5\\ 5 & 4 & 1 & 2 & 3\\ \end{array} \Big) = (1 \ 5 \ 3)(2 \ 4)=(2 \ 4)(1 \ 5 \ 3) 練習問題2:次の関係を確認してみましょう ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ (1 \ 2 \ 3)(2 \ 4) \ne (2 \ 4)(1 \ 2 \ 3) 偶置換と奇置換 ---------------------------------------------------------- 対称群に関する概念で大事なものに、偶置換と奇置換というものがあります。巡回置換は全て互換の積として表わせるということでしたが、一般に対称群に含まれる任意の元は、互換の積として表わせるのです。 .. admonition:: theorem 対称群に含まれる任意の元は、全て互換の積として表わせます。 さて、では対称群の元を互換の積として表わす表わし方ですが、これは一通りには決まりません。(ちょっと考えれば分かることですが、順番に並んでいるものを並び替えるとき、効率の良い並び替え方や、余分な並び替えを含むやり方など、色々あります。) ところが、偶数個の互換の積として表わせるか、奇数個の互換の積として表わせるかという区別は、対称群の元そのものによって、どちらかに決まっているのです。 .. admonition:: theorem ある置換が偶置換か奇置換かは、生来的に決まっています。 .. admonition:: proof 任意の互換を二乗すると、元の状態に戻ります。つまり、単位元は互換の二乗で表現でき、偶置換だということができます。さて、任意の偶置換 $g$ が、他の表わし方 $f$ を持つとします( $g=f$ )。 $g$ には逆元がありますので、両側から掛けると $g^{-1}f=e$ となります。 $g^{-1}$ と $e$ はそれぞれ偶置換ですので、 $f$ も偶置換のはずです。奇置換についても同様に照明できます■ 対称群の元 $\sigma$ が偶数個の互換の積として表わせる場合、これを *偶置換* 、奇数個の互換の積として表わせる場合、これを *奇置換* と呼びます。偶置換か奇置換かは、 ${\rm sgn}$ という記号を使い、偶置換の場合は $1$ 、奇置換の場合は $-1$ だと定めておくと、簡単に表わせます。例えば、 $\sigma$ が偶置換の場合、 ${\rm sgn}\sigma = 1$ という具合です。 .. _三次方程式の解の公式: http://www12.plala.or.jp/ksp/algebra/CubicEquation @@author:Joh@@ @@accept: 2005-04-23@@ @@category: 代数学@@ @@id: SymmetricGroup@@