======================================== 体(たい) ======================================== ある集合があって、その集合が、四則演算(加法、減法、乗法、除法)に関して閉じているとき、この集合を **体** と呼びます。 体の公理 ---------------------------------------------------- 以下の条件を満たす集合を体と呼びます。 1. 加法について可換群になっています。(加法が閉じており、単位元 $0$ 、逆元 $-a$ があります)。加法の単位元を特に *零元* と呼びます。 2. 乗法について可換群になっています。(乗法が閉じておりる、単位元 $e$ 、逆元 $a^{-1}$ があります。ただし、加法の単位元 $0$ の逆元だけは定義できません。) 3. 加法と乗法について分配法則がなりたちます。 $(a+b)c=ac+bc, \ a(b+c)=ac+ac$ いままで群について学んで来ましたが、群には演算が一種類だけ与えられているのでした(そしてそれは加法でも乗法でも良かったのでした)。体には、加法と乗法という、二種類の演算が入っています。加法の逆演算は減法、乗法の逆演算は除法ですから、要するに *体とは四則演算が可能な集合のことである* と考えられます。 .. [*] 体は加法に関しては群、乗法に関しても零元を除いて群になっていますので、いままで群論で勉強した概念が、だいたいそのまま体にも当てはまります。また体は、次に勉強する 環_ よりも強い構造ですので、環に当てはまる議論が、ほとんどそのまま体に適用できます。 .. [*] いままで、群論に出てきた情報は一般には非可換でしたが、体の乗法は可換ですので、計算が随分と簡単になることを感じられると思います。体の公理に準じつつも、乗法は非可換の体を「斜体」と呼びます。こんな変な体は、今は覚えなくても大丈夫です。 例 ---------------------------------------------------------------------- 下の例を考えながら、『四則演算の定義された集合』というのがどういうものか、堪能してみてください。今まで普通に知っていた集合が多いと思いませんか? 例1 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ 有理数の全体は体です。有理数+有理数、有理数-有理数、有理数×有理数、有理数÷有理数(ただし零では割らない)は、いずれも有理数になるからです。これを *有理数体* と呼び、 $Q$ で表わします。 例2 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ 実数の全体も体になります。実数同士は足したり、引いたり、掛けたり、割ったりでき、結果も実数になるからです。同じく *実数体* と呼び、 $R$ で表わします。 例3 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ 複素数の全体も体になります。自分で確認してみましょう。 *複素数体* と呼び、 $C$ で表わします。 例4 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ 整数の全体は体ではありません。整数÷整数は、かならずしも整数にはならないからです。自然数の全体も体ではありません。自然数-自然数や、自然数÷自然数が、かならずしも自然数にはならないからです。 例5 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ 四元数の全体は体になります。 *四元数体* と呼ばれます。四元数の四則演算については、 四元数_ を参照ください。 例6 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ 整数の加法群 $Z$ から、素数 $p$ の剰余群 $Z/[p]$ を作ります( $[p]$ は $p$ の倍数の集合の意味です。なぜ $p$ を素数とするのかは後ほど 整域・整数の剰余類の環_ で説明します。) Z/[p]=\{[p],1+[p],2+[p],...,(p-1)+[p] \} この元の中で偶数からなる元を $\overline{0}$ , 奇数からなる元を $\overline{1}$ と表わすと、元の間に次のような加法と乗法を定義できます。 \overline{0} + \overline{0} = \overline{1} + \overline{1} = \overline{0} \overline{1} + \overline{0} = \overline{0} + \overline{1} = \overline{1} \overline{0} \overline{0} = \overline{1} \overline{0} = \overline{0} \overline{1} = \overline{0} \overline{1} \overline{1} = \overline{1} 零元は $\overline{0}$ ,乗法の単位元は $\overline{1}$ です。このような加法と乗法に対して、 $Z/[p]$ は体になります。 例7 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ 例6では、まず具体的に整数の剰余群を考えたので、演算結果も納得し易いものだったと思います。しかし本質的には、例6で考えた演算が内部演算として成り立つ集合は、整数の剰余群に限られる必要はないわけです。そこで例6の結果を、もっとクールに次のように言い換えることができます。 『たった二個の元からなる集合 $\{ 0,1 \}$ に $0+0=0,0+1=1+0=1,1+1=0,00=0,01=0,11=1$ のように演算を定義すれば体になる』 .. [*] これだけ最初に見ると $1+1=0$ のところで吃驚してしまうと思います。この吃驚の意味するところは深長です。ときに『どうして1足す1は2になるんだ?証明してくれ!』という人や『1足す1が絶対2になるように、答えが一つに決まっているから私は数学が好きです(好きでした)』と言う人に出くわしますが、残念ながら、この手の人は数学の一面しか見ていません。日常、 $1+1=2$ になるのは『そのように演算を定義した体の上で加法を行っていたから』というのが真相なのです。ルールの全く無いゲームは出来ないように、演算にもルールがなくてはなりません。"普通の"足し算は、小学校以来慣れ親しんで来ていますので、ルールも何も、当たり前なんじゃないかと思いますが、実は、小学校で習ったのは『 $1+1=2$ になるようにルールを決めて、ルール通りに計算したらやっぱり $1+1=2$ になったよ』という計算練習だったのです。これは証明する対象なのではなくて、単なる約束事です。(サッカーでボールを手で触ってはいけないのは、証明する事柄ではなくて単なるルールです。同じボールでドッヂボールをやるなら手で取らなければなりません。)例6で見た剰余体は実数体とは異なるルールに従う加法・乗法を持っていました。大事なのは、色々なルールがあるんだということを明示的に意識し、いつでも自分がどんなルールに従って(つまりどんな体の上で)計算しているのかを認識することです( `数学に出てくる○○空間ってなんだ?`_ も参照ください)。 .. [*] 上の註は、私達が『数』と呼ぶ集合が、基本的に体であることを念頭に書きました。単に $1+1$ が $0$ になる演算規則を考えたいだけなら、体でなくとも、環や群でも良いでしょう。 .. [*] 例7のような演算規則に従って構成される体をブール体と呼びます。ブール体上の計算は全て $0$ と $1$ だけになり、計算機理論で応用されています。例6では整数を偶数と奇数に分け、偶数と奇数の演算としてこの演算規則を導入しましたが、実は論理学で使われる真偽表が、まったく同じ規則を満たすのです。下の表は真偽表と呼ばれるもので、例えば一番左の列は『文 $p$ の内容』に従って、真の場合は $1$ 、偽の場合は $0$ が与えられています。記号 $p[\rm XOR]q$ は排他的論理和と呼ばれ、『 $p$ か $q$ のどちらか一方が真である』ことを意味します(そのため両方が真の場合、この命題は偽になります)。記号 $p[\rm AND]q$ は論理積と呼ばれ『 $p$ かつ $q$ が真である』ことを意味します。さらに興味のある方は、ブール代数、数理論理学、ビット演算などをキーワードに勉強してみてください。  .. csv-table:: $1$ (真)と $0$ (偽)による真偽表 :header: "文 $p$ ", "文 $q$ "," $p{\rm XOR}q$ "," $p{\rm AND}q$ " "0", "0" , "0" ,"0" "1", "0" , "1" ,"0" "0", "1" , "1" ,"0" "1", "1" , "0" ,"1" 補足 ---------------------------------------------- 体という概念を最初に導入したのは、デデキント $\text{(Richard Julius Wilhelm Dedekind (1831-1916))}$ です。デデキントは『有機的な全体として一つに閉じた集合』という意味合いで、ドイツ語で『人体、体』を表わす $K\ddot{o} rper$ と名づけました。邦訳はそれをそのまま『体』と訳したわけです。( $K\ddot{o} rper$ は死体の意味にもなります。)そこで、体を表わす記号に $K$ を用いる教科書も多いようです。この用語については、当初からヨーロッパでも「意味が分かりにくい」という批判があったようで、デデキントもわざわざ真意を説明する補足をしたりしています。デデキントは、自律的に独立して運動できる私達の体に、四則演算のできる集合を喩えたようです。とにかく、もう定着してしまった言葉ですから、私達は慣れるしかありません。英語では、 $body$ と言わず、 $field$ という訳語を当てています。イギリス人は、デデキントの命名が気に入らなかったに違いありません。英米系の教科書では、このため体を $F$ で表すことが多いです。体は、その上でなにか演算を行う土俵となる集合ですから、その意味合いでいくと、 $field$ は野原の意味ではなくて、サッカーやラグビーのフィールドのような、何かルールに基づいて試合をする場所の意味に近いかも知れません(用語の成立過程を詳しくしっている人がいたら御一報ください)。 .. figure:: Joh-DedekindPM.gif (数の本質を深く追求し続けたデデキント) .. _`数学に出てくる○○空間ってなんだ?`: http://www12.plala.or.jp/ksp/welcome/gismoSpace/ .. _環: http://www12.plala.or.jp/ksp/algebra/RingDef .. _整域・整数の剰余類の環: http://www12.plala.or.jp/ksp/algebra/IntegralDomain .. _四元数: http://www12.plala.or.jp/ksp/mathInPhys/quaternion/ @@author:Joh@@ @@accept: 2006-05-27@@ @@category: 代数学@@ @@id: FieldDef@@