================================================== ミンコフスキー空間上の微分形式 ================================================== この記事では、相対性理論などに使われるミンコフスキー空間という空間上での微分形式を考えてみます。立派な名前がついていますが、どんな空間なのかと言えば、四次元空間です。特徴として、座標基底の中に *計量が負になるものが一つ* あります。このような場合、 ホッジ作用素_ の取り方に注意が必要でした。( ホッジ作用素_ や `p-ベクトルの内積`_ の記事中にもミンコフスキー空間に関する注意を書いていますので、参照下さい。)もう一度、ホッジ作用素の定義を思い出しましょう。 $R^{n}$ 上の $p$ 次微分形式の基底を $\sigma ^{H}$ とすると、 $*\sigma ^{H}$ は $\land ^{n-p}R^{n}$ の基底 $\sigma ^{K}$ となります。 \sigma ^{H} = (\sigma ^{K},\sigma^{K})\sigma ^{K} \tag{1} ただし、 $\sigma ^{H} \land \sigma ^{K}$ は、ボリュームフォームの基底の偶順列だとします。(これらは全て既習の内容なので、少し説明を端折っています。訳が分からないという人は、 ホッジ作用素_ の内容をもう一度よく復習して下さい。)式 $(1)$ で問題なのは、右辺の $(\sigma ^{K},\sigma^{K})$ という内積です。ミンコフスキー空間の正規直交基底を $\{ \bm{e_{1}}, \bm{e_{2}}, \bm{e_{3}} , \bm{e_{t}} \} $ とすると、最初の三つは、普通のユークリッド空間でお馴染みの基底ですが、四番目の $\bm{e_{t}}$ が例の、計量が負になる基底になります。基底の内積は次のようになります。 \bm{e_{i}} \cdot \bm{e_{j}} = \delta _{ij} \ \ (i,j=1,2,3) \tag{1-1} \bm{e_{i}} \cdot \bm{e_{t}} = 0 \ \ (i=1,2,3) \tag{1-2} \bm{e_{t}} \cdot \bm{e_{t}} =-1 \tag{1-3} 式 $(1-1)(1-2)$ は正規直交基底の定義として、よく知っているものです。式 $(1-3)$ が特徴的ですね。このような計量を *ローレンツ計量* と呼びます。このため、例えば $\sigma ^{K}= \bm{e_{1}}\land \bm{e_{2}}$ の場合と、 $\sigma ^{K}= \bm{e_{1}}\land \bm{e_{t}}$ の場合では、内積 $(\sigma ^{K},\sigma^{K})$ が異なってきます。 `p-ベクトルの内積`_ に従って、計算してみましょう。 (\bm{e_{1}}\land \bm{e_{2}} , \bm{e_{1}}\land \bm{e_{2}}) &= \left| \begin{array}{cc} \bm{e_{1}}\cdot \bm{e_{1}} & \bm{e_{1}}\cdot \bm{e_{2}} \\ \bm{e_{2}}\cdot \bm{e_{1}} & \bm{e_{2}}\cdot \bm{e_{2}} \\ \end{array} \right| \\ & = \left| \begin{array}{cc} 1 & 0 \\ 0 & 1 \\ \end{array} \right| \\ & = 1 \tag{2-1} (\bm{e_{1}}\land \bm{e_{t}} , \bm{e_{1}}\land \bm{e_{t}}) &= \left| \begin{array}{cc} \bm{e_{1}}\cdot \bm{e_{1}} & \bm{e_{1}}\cdot \bm{e_{t}} \\ \bm{e_{t}}\cdot \bm{e_{1}} & \bm{e_{t}}\cdot \bm{e_{t}} \\ \end{array} \right| \\ & = \left| \begin{array}{cc} 1 & 0 \\ 0 & -1 \\ \end{array} \right| \\ & = -1 \tag{2-2} どうやら、 $\bm{e_{t}}$ が混ざっていると $-1$ になるようです。以上の議論を念頭に置きつつ、次のセクションではミンコフスキー空間上の微分形式を考えてみます。 四次元の微分形式_ とも、後で比べてみて下さい。 ミンコフスキー空間上の微分形式 ======================================================= 一次微分形式の基底を $(dx,dy,dz,cdt)$ とします。 $dt$ の前についている $c$ が妙ですが、これは単なる定数です。気にしないで下さい(・ω・)。空間の向きを $dxdydzcdt$ という順列に決めましょう。このとき、ホッジ作用素の写像の仕方に注意が必要です。前セクションの議論により、 $cdt$ が右辺に出て来る写像には、 $(-1)$ が掛かってきます。 *(dx \land dy \land dz) = -cdt \tag{3-1} *(dy \land dz \land cdt) = dx \tag{3-2} *(dz \land cdt \land dx) = dy \tag{3-3} *(cdt \land dx \land dy) = dz \tag{3-4} さらに、二次微分形式の基底のホッジ作用素も考えてみましょう。できれば、式 $(1)$ の定義通りに計算して、これらの関係を一度自分で確認してみて下さい。 *(dx \land dy) = -dz \land cdt \tag{4-1} *(dy \land dz ) = - dx \land dct \tag{4-2} *(dz \land dx ) = - dy \land dct \tag{4-3} *(dx \land cdt ) = dy \land dz \tag{4-4} *(dy \land cdt ) = dz \land dx \tag{4-5} *(dz \land cdt ) = dx \land dy \tag{4-6} ここで、式 $(3)(4)$ で用いた基底の並びは、全て $(dx \ dy \ dz \ cdt)$ という順列の偶順列になっていますので、右辺に出てきたマイナスは、ひとえに $cdt$ 軸の計量が負であるという事情だけによるものです。 $(i \ j \ k)$ を $(1 \ 2 \ 3)$ の偶順列とし、 $x,y,z$ を $x^{1},y^{2},z^{3}$ と表現することにすれば、式 $(3)(4)$ をまとめて次のように略記することも出来ます。 *(dx^{i} \land cdt ) = dx^{j} \land dx^{k} \tag{5-1} *(dx^{j} \land dx^{k} ) = - dx^{i} \land cdt \tag{5-2} ミンコフスキー空間上の微分形式などという変チクリンなものを考えた理由は、電磁気学の基礎方程式とも言えるマックスウェルの方程式を、微分形式を使って美しく記述したいという動機によるものです。本当に美しく簡単な形にまとまりますので、純粋に美学的・審美的観点からもぜひ眺めてみて欲しいものですし、そのあまりにも単純な形から、(特に幾何学的な考察によって)電磁気学をより深く理解する一助ともなることでしょう。ミンコフスキー空間上の微分形式によるマックスウェル方程式の定式化は、 次_ の記事で考えます。 ミンコフスキー ========================================================== ミンコフスキー空間にその名を残すミンコフスキー( $\text{Hermann Minkowski (1864-1909)}$ )は、現在のリトアニア(当時はロシア帝国領)に生まれました。両親はドイツ人で、一家もその後ドイツのケーニヒスベルグ(現在はロシアの飛び地)に引っ越していますので、ミンコフスキーはドイツ人だと考えた方が良さそうです。ミンコフスキーはケーニヒスベルグ大学へ進みますが、数学の才能は抜きん出ていたようです。ヒルベルト( $\text{David Hilbert (1862-1943)}$ )は大学の級友で、また新任教官にはフルヴィッツ( $\text{Adolf Hurwitz (1859-1919)}$ )がおり、彼等とは親友とも言える間柄でした。 .. figure:: Joh-Minkowski.png アインシュタインが数学の重要性に目覚めたのは、ミンコフスキーのお陰だ。 後年、ミンコフスキーはボン、ケーニヒスベルグなどで職を得ますが、チューリッヒの $Eidgen\ddot{o} ssische \ Polytechnikum \ Z\ddot{u}rich$ で教鞭を取っていたときの学生にアインシュタイン( $\text{Albert Einstein (1879-1955)}$ )がいます。最後はヒルベルトの招きに応じてゲッチンゲン大学に落ち着き、数学の研究に没頭します。ミンコフスキーの功績で何よりも有名なものは、ローレンツ( $\text{Hendrik Antoon Lorentz (1853-1928)}$ )とアインシュタインによる相対性理論を見事に記述する、ミンコフスキー空間という概念を数学的に洗練したことでしょう。ただし、ミンコフスキー自身の興味は純数学的内容に向いており、二次形式や連分数法の研究に時間をかけています。また、「数の幾何学」という分野はミンコフスキーによって創始された、幾何学と整数論が合わさったような分野で、ミンコフスキーの凸型定理という定理は有名です。 .. _次: http://www12.plala.or.jp/ksp/differentialforms/DiffFormsMaxwellsEq/ .. _ホッジ作用素: http://www12.plala.or.jp/ksp/differentialforms/HodgeStarOperator/ .. _`p-ベクトルの内積`: http://www12.plala.or.jp/ksp/differentialforms/pVectorSpace/ .. _四次元の微分形式: http://www12.plala.or.jp/ksp/differentialforms/FourDimDiffForms/ @@author:Joh@@ @@accept: 2006-11-13@@ @@category: 微分形式@@ @@id: MinkowskiDiffForms@@