================== バンドの形成 ================== はじめに ---------  固体物理学を少しでも勉強したことのある方なら、バンドという言葉を聞いたことがあると思います。固体中で起こるほとんどの現象は、バンド構造を通して理解され、バンド構造の理解なくして、固体物理学を理解したとは言えません。そのため、バンド構造をいろいろな観点から調べ、その性質を知ることはとても大切です。ここでは、原子一つの場合からスタートし、仮想的に原子を順々に並べていくと、電子がとるエネルギー(エネルギー固有値)や存在確率がどのように変化していくかを調べ、バンド構造に対する一つの理解を得たいと思います。 読むためには多少の量子力学の知識が必要になると思います。また全くバンドを知らないという方はまず「 `導体・絶縁体・半導体`_ 」を読んでみると参考になるかと思います。 .. _導体・絶縁体・半導体: http://www12.plala.or.jp/ksp/solid/differenceOfResistance/ ポテンシャル -------------  固体中の電子は、波動関数 $\psi$ で記述され、その波動関数はシュレディンガー方程式を解くことで求めることができます。シュレディンガー方程式には運動エネルギーの項とポテンシャルエネルギーの項がありますが、固体中で電子は原子核の作る周期的なクーロンポテンシャルの中を運動することになります。正確な波動関数を求めたければ、正確なポテンシャルを使って方程式を解かなくてはいけませんが、定性的な結果だけが知りたければ、その特徴だけを取り入れ、代わりに解きやすい形のポテンシャルを使うこともできます。ここでは引力ポテンシャルのもっとも単純なモデルである、井戸型ポテンシャルを用いることにします。またシュレディンガー方程式は数値的に解くことにします。ただし、計算過程はここには示さず結果だけを示していきます。自分でも解いてみたい!という方は「 井戸型ポテンシャルの数値解_ 」を参考にしてみたらいかがでしょうか。 .. _井戸型ポテンシャルの数値解: http://www12.plala.or.jp/ksp/computPhys/squarewall-simu/ 原子一個の場合 ---------------  原子が一個の場合、図1(a)の様なポテンシャルになります。この問題は量子力学を習うと、すぐに解かされるので知っている方も多いでしょう。障壁の高さが無限大の場合の解法は「 無限の井戸型ポテンシャル_ 」に書いてあります。今回は井戸幅、0.075 nm、井戸の深さ 300 eV で計算しますが、これは便宜的なものであまり意味はありません。では早速エネルギー固有値を求めてみます。 .. _無限の井戸型ポテンシャル: http://www12.plala.or.jp/ksp/quantum/squarewell-inf/ .. image:: nobu-band-fig1.1.png 井戸の中に3つのエネルギー固有値が見つかりました(図1(b))。固体物理ではこの固有値のことをエネルギー準位と呼びます。古典物理学の世界では物体はどんなエネルギーをとることも可能ですが、量子力学の世界ではこのようにとびとびの値しかとれないことがよく起こります。では次にそれぞれのエネルギー準位に属する波動関数の形を見てみましょう(図1(c))。エネルギーが上がるごとに形が変化していますが、何か特徴に気づいたでしょうか。エネルギーが一つ上がるごとに波の節の数が増えていっていますね。この特徴は、両端を固定された弦の定在波と似ています。電子は波動関数で記述される一種の波であるため、ポテンシャルに閉じ込められると、両端を固定された弦と同じ性質を示すのです。波動関数を二乗すると確率密度になりますが、それもついでに見ておきましょう(図1(d))。波動関数の形から予想は付きますが、エネルギーが上がるごとに山の数が増えて行くのがわかります。 .. image:: nobu-band-fig1.2.png 原子二個の場合 ---------------  もう一つ原子が増えるとどうなるでしょうか。ポテンシャルは図2(a)のようになります。エネルギー固有値を求めると、今度は井戸の中に5つのエネルギー固有値が見つかりました(図2(b))。一番下の二つのエネルギー準位はかなり近く、その次の二つも近いエネルギーを持っていることが分かります。またそれぞれのペアは、原子一個の場合に得られたエネルギー準位と近い値を持っていることもわかります。  このペアになって現れたエネルギー準位の正体を暴くために、それぞれのエネルギー準位に属する波動関数の確率密度を調べてみましょう。一番目、二番目の波動関数の確率密度は図2(c)のようになります。また三番目、四番目は図2(d)のようになります。何か気づきましたか?下二つの確率密度分布は原子一個の場合の一番低いエネルギー準位のものに、上二つは原子一個の場合の二番目の準位のものととても似ていますね。このことから、この近いエネルギーを持った二つの準位は原子一個の場合のエネルギー準位が分裂したものであると解釈できます。では原子の数が三つ、四つと増えていったら、どうなるでしょう?それを次のセクションで見ていきます。 .. image:: nobu-band-fig2.1.png .. image:: nobu-band-fig2.2.png 原子が増えていくと -------------------  ではさっそく原子が三つ並んだ場合を見てみましょう(図3(a))。今度は三つのエネルギー準位が固まって存在しています。傾向が見えてきましたね、では次は六つ並んだ場合です(図3(b))。予想通り六つのエネルギ準位が固まって存在しています。今度は一気に飛んで12個の場合です(図3(c))。もはや一つ一つが区別できませんね。  このように原子の数を増やしていくと、原子一個の場合に持っていたエネルギー準位は、原子の数に応じて分裂します。数が増えていくと図3(c)の一番下の準位に見られるようにエネルギー準位は一つの線ではなく帯のようになって行きます。そうです、我々はこの帯のことをバンドと呼んでいる訳です。実際の固体は $1 \ {\rm cm}^{-3}$ あたり $10^{23}$ 個というとてつもなく多くの原子からできているのでこのバンド中の準位の密度はもっともっと濃くなります。そのためもはやとびとびの準位ではなく連続的なエネルギー準位として扱えることになる訳です。ただし、それでも準位の数は原子の数と完全に等しいということは忘れないで下さい。また電子のとりうるエネルギー領域を許容帯、許容帯の間の、エネルギー準位のない領域を禁制帯と呼びます(図3(d))。 .. image:: nobu-band-fig3.1.png .. image:: nobu-band-fig3.2.png まとめ -------  数値計算によってエネルギー固有値を求め、バンドが徐々に形成されていく様子を見てきました。ここで一つ頭に入れておいてほしいことがあります。固体は基本的にはじめから固体であり、原子を一つ一つ、くっつけながらできた訳ではありません。ここでは仮想的に原子を並べていったらどうなっていくかを見ただけであり、バンド形成の一つの解釈を示したに過ぎない訳です。違った形でバンドが形成される様子を見ていく方法もあり、様々な角度から理解することが大切であるということを忘れないで下さい。 @@author: NOBU@@ @@accept: 2006-02-13@@ @@category: 固体物理学@@ @@id: band@@