#rst2hooktail_source ============================================================ 固有値と固有ベクトル ============================================================ 量子力学の固有値と固有ベクトルについて説明します。前の記事は 線形演算子_ です。 固有値方程式 ======================== $ \alpha $ を線形演算子とし、 $a$ を複素数とします。このとき、 <tex> \alpha | P \rangle = a | P \rangle \tag{1} </tex> を固有値方程式といいます。大抵の場合は、この方程式は $\alpha$ が与えられていて $|P \rangle $ や $a$ が未知になっています。ただし、 $|P \rangle=0$ の解は重要ではありません。 さて、式 $ (1) $ が成り立つということは、どんなことなのか考えてみます。 線形演算子が掛かった $ | P \rangle $ は、向きを変えずにただ定数倍されるということを表しています。 ただし、 $a=0$ の解も重要です。よって、この場合はゼロ倍され向きが無くなってしまいます。 この $ | P \rangle $ は特別なものです。この定数倍のベクトルはやはり解ですが、向きを変えてしまう と、 $\alpha$ はベクトルの向きを変えてしまいます。この方程式において重要なものは向きだけです。 式 $(1)$ に共役な式も考えなければなりません。つまり、 <tex> \langle Q | \alpha = b \langle Q | \tag{2} </tex> です。こんどは $ b $ が複素数です。そして今度未知なのは、 $ b $ と $ \langle Q | $ なわけです。 式 $(1)$ も式 $(2)$ も重要さゆえにその要素に特別な名前がついています。式 $(1)$ について、 $ a $ を固有値、 $ |P \rangle $ を固有ケットといい、固有ケット $ |P \rangle $ は、 固有値 $ a $ に属すといいます。同様に式 $(2)$ についても $ b $ を固有値、 $ \langle Q| $ を固有ブラ といい、固有ケットと固有ブラを合わせて固有ベクトルといいます。もちろん、固有ベクトルや固有値は 線形演算子または物理変数があって初めて意味があるものになります。 一つの線形演算子が、複数の異なる固有値を持ち、それぞれに固有ベクトルがあることもあれば、 一つの線形演算子の複数の固有ベクトルが、同じ一つの固有値に属することもあります。 後者を言い換えると、式 $(1)$ の解として、独立な複数のケット $ |P1 \rangle , \ \ |P2 \rangle, \ \ |P3 \rangle , \cdots $ が同じ固有値 $ a $ に属しているこ とがあるわけです。この場合、任意の定数を $ c_i $ として、ケットの線形 結合 $ c_1|P1 \rangle +c_2 |P2 \rangle + c_3 |P3 \rangle + \cdots $ も解の一つになります。 また、固有値方程式の特別な場合として、線形演算子がただの数 $ k $ であるときには、どんなブラやケット でも解になり、そのとき固有値は $ k $ に等しくなります。 エルミート演算子の性質 =========================== 線形演算子がエルミート演算子でないときは、量子力学ではあまり出てきません。話を進めるために、 エルミート演算子だけを考えていくことにします。以降エルミート演算子を $ \xi $ で表します。 すると式 $(1)$ と式 $(2)$ は次のように成ります。 <tex> \xi | P \rangle = a | P \rangle \tag{3} </tex> <tex> \langle Q | \xi = b \langle Q | \tag{4} </tex> するといくつかの重要な結果が得られます。 1.固有値はすべて実数である。 (証明)式 $(3)$ に左から $ \langle P| $ をかけます。すると、 <tex> \langle P| \xi |P \rangle =a \langle P|P \rangle </tex> ここで左辺について、 線形演算子_ の式 $(6)$ を用います。 それは <tex> \langle B|\bar{\alpha}|P \rangle = \overline{ \langle P|\alpha|B \rangle } </tex> でした。これで $B=P$ 、 $ \alpha = \xi$ としてやって、 $\xi=\bar{\xi}$ に気をつければ、 <tex> \langle P| \xi |P \rangle = \overline{ \langle P|\xi|P \rangle } </tex> より、式 $(4)$ の左辺は実数です。 また右辺は共役なものの積なので、 $\langle P|P \rangle $ は実数です。 よって、エルミート演算子の固有値 $a$ は実数であることが分かりました。 $ b $ についても同様に、式 $(4)$ に右から $ |Q \rangle $ を掛けることで実数だと分かります。 2.固有ケットに属する固有値と固有ブラに属する固有値は一致する。 3.固有ケットの共役は、同じ固有値に属する固有ブラ。この文はブラとケットを入れ替えても成り立つ。 (二つの証明)式 $(3)$ の複素共役をとってみると、 <tex> \langle P | \xi = a \langle P | </tex> この式の解は、式 $(4)$ の解であることが分かりますから、 $\langle Q| = \langle P |$ であり、 $b$ は $a$ に一致します。 三番目の結果より、固有ケットに相当する系の状態をブラとケットの共通の固有の状態ということで、 実物理変数 $\xi$ の固有状態と呼ぶことができます。 量子力学では、広範囲にわたって実物理変数の固有値や固有ベクトルを扱うので、体系的にそれらを名づけ、 記述することが望ましいです。もし、 $ \xi $ がエルミート演算子だとしたら、その固有値を $\xi^\prime,\ \ \xi^{\prime \prime}, \ \ \xi^r $ 等と表すことにします。 こうして、ダッシュ無しの文字ならば、「実物理変数」または「エルミート演算子」。 「ダッシュ有りの文字」または「指数がついている文字」ならば数になるわけです。ただし、指数といっても 指数がnの時は、冪(べき)乗を表すことにします。ここで固有ベクトルは、それが属す固有値を使って記述するこ とにします。こうして、 $ | \xi^\prime \rangle $ は、実物理変数 $ \xi $ の固有値 $ \xi^\prime $ に 属する固有ケットです。今後、ある物理変数の同じ固有値に属する複数の固有ベクトルを扱う時には、 例えば、同じ固有値 $ \xi^\prime $ に属する独立な複数のベクトルを $ |\xi^\prime1\rangle , |\xi^\prime2\rangle $ として記述することにします。 直交定理 ============================== 定理 ある実物理変数に属する、固有値の異なるふたつの固有ベクトルは直交する。 (証明)これを証明するにあたって、 $ |\xi^\prime \rangle $ と $ |\xi^{\prime \prime }\rangle $ を を考えます。つまりそれぞれ固有値 $\xi^{\prime}$ と $\xi^{\prime \prime}$ に属する、 エルミート演算子 $\xi$ の二つの固有ケットです。よって、 <tex> \xi | \xi^\prime \rangle = \xi^\prime | \xi^\prime \rangle \tag{5} </tex> <tex> \xi | \xi^{\prime \prime} \rangle = \xi^{\prime \prime} | \xi^{\prime \prime} \rangle \tag{6} </tex> 式 $(5)$ の共役をとって、 <tex> \langle \xi^\prime | \xi = \xi^\prime \langle \xi^\prime | </tex> この式に右から $| \xi^{\prime \prime}\rangle$ をかけて、 <tex> \langle \xi^\prime | \xi | \xi^{\prime \prime}\rangle= \xi^\prime \langle \xi^\prime | \xi^{\prime \prime}\rangle </tex> 式 $(6)$ に左から $ \langle \xi^\prime | $ をかけて、 <tex> \langle \xi^\prime | \xi | \xi^{\prime \prime}\rangle= \xi^{\prime \prime} \langle \xi^\prime | \xi^{\prime \prime}\rangle </tex> 辺々引いて、 <tex> (\xi^\prime-\xi^{\prime \prime})\langle \xi^\prime | \xi^{\prime \prime} \rangle = 0 </tex> もし $\xi^\prime \neq \xi^{\prime \prime}$ なら、 $\langle \xi^\prime | \xi^{\prime \prime} \rangle =0$ ですから、二つのベクトルは直交します。 よって証明終了。この定理を直交定理といいます。 エルミート演算子が有限次数の最小多項式を満たす場合 ================================================== ここまで、エルミート演算子の固有ベクトルについて論じてきました。 しかし、あるエルミート演算子が与えられたとして、固有値と固有ベクトルは存在するのでしょうか? そして、それはどうやって見つければいいのでしょうか? 一般の場合 、これは難しい問題です。しかし、扱いやすいある特別な場合 [*]_ があります。 それは、エルミート演算子 $\xi$ <tex> \phi(\xi)= \xi^n+a_1\xi^{n-1}+a_2\xi^{n-2}+ \cdots + a_n = 0 \tag{7} </tex> を満たす場合です。 演算子がゼロに等しいということは、その演算子はどんなブラやケットに作用しても、ゼロベクトルを生 じるという意味です。 .. [*] エルミート演算子を行列で表すとエルミート行列になることを考えると、線形代数に詳しい人は、式 $(7)$ という「特別な」場合を見て、「ケーリー・ハミルトンの定理から、その行列の次数以下の次数の最小多項式があるのはあたりまえじゃない。どこが「特別」な場合なの?」と思われるかもしれませんが、これはエルミート行列が有限の場合たしかに「特別」でなく「一般」の場合を表しています。しかし、量子力学ではエルミート行列は無限次元ですので、式 $(7)$ は、最小多項式が有限というのは特別な場合であることが分かります。 ここで、この演算子が満たす最低次数の多項式を考えます。 そのとき次の二つのことが示せます。 (a) 固有値の数はn個である。 (b) 任意のケットベクトルをこのエルミート演算子の固有ベクトルで展開できる。 式 $(7)$ は、多項式なので因数分解できます。 <tex> \phi(\xi)=(\xi-c_1)(\xi-c_2)(\xi-c_3) \cdots (\xi-c_n) \tag{8} </tex> $c$ はただの数です。n個の中に同じ数が重複していてもかまいません。 この因数分解は、式 $(8)$ の中に交換不可能なものがないので、 普通の代数の変数の因数分解と同様にできます。 $ \xi-c_r $ で割った商を $ \chi_r(\xi) $ とします。つまり、 <tex> \phi(\xi)=(\xi-c_r)\chi_r(\xi) \ \ \ \ \ (r\ = \ 1,\ 2,\ 3,\ \cdots \ ,\ n) </tex> です。このとき任意のケット $ |P \rangle $ にたいして、 <tex> (\xi-c_r)\chi_r(\xi)|P \rangle = \phi(\xi)|P \rangle = 0 \tag{9} </tex> 今nを式が0になる最低次数としたので、 $ \chi_r(\xi) $ は任意の $ |P \rangle $ を0には できません。そこで、 $ |P \rangle $ を $ \chi_r(\xi)|P \rangle $ がゼロにならないように選びます。 すると、式 $(9)$ は、 $ \chi_r(\xi)|P \rangle $ が $ \xi $ の固有値 $c_r$ に属する 固有ベクトルとなっていることが分かります。この議論は、 $r$ が $1$ から $n$ までのそれぞれの値で 成り立ちます。そこから、 $c$ のそれぞれが $\xi$ の固有値であることが分かります。 また、 $ c $ 以外の数は、 $ \xi $ の固有値になれません。それは $ \xi^\prime $ を 固有ベクトル $ |\xi^\prime \rangle $ に属する任意の固有値とした時、 $ \xi|\xi^\prime \rangle = \xi^\prime | \xi^\prime \rangle $ が成り立ちます。 よって、 $\phi(\xi)|\xi^\prime \rangle = \phi(\xi^\prime)|\xi^\prime \rangle$ が導けます。 左辺はゼロですから、 $\phi(\xi^\prime)=0$ となり、 $\xi^\prime$ は $c$ のいずれかに等しいことが 分かります。 (a)を完全に証明するために、 $c$ の値のなかに重複はないことを示します。 $ c $ がすべてが異なるわけではなく、 $c_s$ が $m$ 重に重複しているとします。ただし $m>1$ とします。 このとき、 $ \phi(\xi) \equiv (\xi-c_s)^m \theta(\xi) $ と表せます。よって式 $(7)$ より、 <tex> (\xi-c_s)^m \theta(\xi)|A \rangle = 0 \tag{10} </tex> が任意のケット $|A \rangle$ について成り立ちます。 $c_s$ はエルミート演算子 $\xi$ の固有値ですから、実数です。よって、 $\xi-c_s$ も エルミート演算子です。 線形演算子_ の最後に出した定理において、 $ \xi $ を $\xi-c_s$ で $|P \rangle$ を $\theta(\xi)|A \rangle$ で置き換えれば、定理より、 <tex> (\xi-c_s) \theta(\xi)|A \rangle = 0 </tex> $|A \rangle$ は任意ですから、 <tex> (\xi-c_s) \theta(\xi) = 0 </tex> これは、式 $(7)$ でnが最低次数であったことと矛盾します。 よって、 $c$ はすべて異なることより、(a)が証明できました。 次に、 $ \chi_r(\xi) $ の $ \xi $ を $ c_r $ で置き換えてできる数 $ \chi_r(c_r) $ を考えます。 $ c $ はすべて異なりますから $ \chi_r(\xi) $ はゼロになりません。 ここで次の式を考えます。 <tex> \sum_r \frac{\chi_r(\xi)}{\chi_r(c_r)}-1 \tag{11} </tex> 式 $(11)$ の $\xi$ を $c_s$ で置き換えると、 $r \neq s$ の時、 $\chi_r(\xi)$ は $(\xi-c_s)$ の 因子を含むので、 $ \sum $ の中の各項は $s=r$ 以外ではゼロになります。そして、 $r=s$ の項は1に等しく なりますから、?1を加えることでやはり全体としてゼロになります。 つまり多項式 $(11)$ は、nー1次の多項式であって、 $\xi$ に $c_s \ \ (s=1,\ 2,\ \cdots \ n )$ の n個の数字を代入してすべての場合についてゼロの値を持ちますから、恒等的にゼロとなります。 任意のケット $|P \rangle$ に作用させて、少し変形してやると、 <tex> |P \rangle = \sum_r \frac{1}{\chi_r(c_r)}\chi_r(\xi)|P \rangle \tag{12} </tex> 式 $(9)$ によれば、 $\sum$ 記号の中のそれぞれの項 $ \chi_r(\xi)|P \rangle $ は 0にならないときには $ \xi $ の固有ベクトルですから、式 $(12)$ は、任意のケット $ |P \rangle $ は、 $ \xi $ の固有ベクトルで展開できることがわかります。 具体例として、エルミート演算子 $\xi$ が $\xi^2 - 1 =0$ という最小多項式を満たす時を考えます。 $ \xi $ は固有値1と-1を持ちます。任意のケット $|P \rangle $ は、 <tex> |P \rangle = \frac{1}{2}(1+\xi)|P \rangle + \frac{1}{2}(1-\xi)|P \rangle </tex> という風に固有ベクトルで展開できます。右辺の二つの項はそれぞれ固有値1と-1に属します。 .. _ブラベクトルとケットベクトル: http://hooktail.sub.jp/quantum/braKetVector/ .. _線形演算子: http://hooktail.sub.jp/quantum/linearOperator/ .. _固有値と固有ベクトル: http://hooktail.sub.jp/quantum/eigenValueAndEigenVector/ @@reference: P.A.M.Dirac, The Principles of Quantum Mechanics (fourth edition), Oxford University Press(みすず書房), 1958, 29-34, 4622025124@@ @@author:クロメル@@ @@accept:2009-01-19@@ @@category:量子力学@@ @@id:Eigen@@