物理のかぎしっぽ 走査型トンネル顕微鏡(STM)

走査型トンネル顕微鏡(STM)

これはrst2hooktailの記事ソース保存・変換用です(詳細).

コンバート

最近コンバートされた結果: HTMLPDFTeX

公開・更新メニュー ▼▲

記事ソースの内容

=========================================================
走査型トンネル顕微鏡(Scanning Tunneling Microscope: STM)
=========================================================

はじめに
---------
「とても小さなモノを見るために何が使われているか知っていますか?」と尋ねるとたいていの人は「電子顕微鏡」と答えます。このことから、電子顕微鏡は多くの人に浸透していることが分かります。一方、「走査型トンネル顕微鏡(STM)って知っていますか?」と尋ねるとほとんどの人は「知らない」と答えます。走査型トンネル顕微鏡(STM)は物質表面の原子を一つ一つ分解して見ることができ(つまり電子顕微鏡よりも小さなモノが見え)、開発されてから20年以上経つにもかかわらず、一般の人にはなじみが薄いようです。そこで簡単に走査型トンネル顕微鏡(STM)の説明をし、実際にどんなものか皆さんに知ってもらいたいと思います。

(この走査型トンネル顕微鏡は日本語で呼ばれるよりも、英語でSTM(エスティーエム)と呼ばれる方が多いのため、以下では基本的に走査型トンネル顕微鏡とは書かずにSTMと書きます。)

名前の由来
-----------
まず、走査型トンネル顕微鏡(STM)という名前について説明します。「走査型(scanning)」というのは、文字通り、走査する [*]_ ことから来ています。走査するものはとても鋭い針です、専門的にはこの鋭い針を探針と呼びます。次に「トンネル(tunneling)」ですが、これはトンネル電流を測定しながら探針を走査することから来ています。このトンネル電流がSTMの味噌と言っても良いでしょう。顕微鏡(microscope)については特に説明する必要はないですね。

.. [*] 走査という日本語自体少し耳慣れないと思います。そして辞書を調べても分かりやすい説明はありません。英語ではscan(スキャン)という単語に対応します。皮肉なことに、もしかしたら英語であるscanの方が分かりやすいかもしれません。特に最近ではスキャナやCTスキャンという言葉も日常で聞きますので、想像がつきやすいのではないでしょうか。もしまったく想像がつかなければ英英辞典を調べてみると助けになるかと思います。

開発
-----
STMはIBM Zurich研究所にいたBinnig博士、Rohrer博士によって考案され、Binnig博士、Rohrer博士、Gerber博士、そしてWeibel博士、4人の科学者によって開発されました。原理に関しては以下で説明しますが、当時そんなものは出来ないだろうと周りから否定され、「もし出来たらノーベル賞だよ」と言われたそうです。彼らは周りからの否定にもめげず研究開発を続け、1982年ついに,CaIrSn $_{4}$ (110), Au(110)表面の観察に成功しました。翌年の1983年、Si(111) 表面の原子を一つ一つ分解して見ることに成功し、これによって、STMは表面分析装置としての地位を不動のものとしたと言えます。その業績が認められ1986年、開発者の内の二人、Binnig博士、Rohrer博士はノーベル賞を受賞しました。

原理
-----
 動作原理は特に難しいものではなく「トンネル現象」さえ知っていれば簡単に理解する事ができます。まず、トンネル現象について説明します。トンネル現象は量子力学的な効果で直感的にはまったく想像のつかないとても面白い現象です。

 まず図1(a)の様なポテンシャルの中で右に移動している粒子を考えます。

.. image:: nobu-STM-fig1.png

当然、古典的には図1(b)のように自分のエネルギーよりも高いポテンシャルの障壁があれば跳ね返ります。ところがとても小さな世界ではまったく違うことが起こります。障壁が非常に薄いと、粒子はある確率でこの障壁をすり抜けるのです。その様子は図2(b)に示してあります。このすり抜ける現象をトンネル現象と呼んでいます。私たちが想像できる世界で言うならば、金魚鉢に入っていた金魚が鉢をすり抜けて出てきてしまうようなものです。このような不思議な現象がミクロの世界では平気で起こっているのです。このトンネル現象の起こる確率(トンネル確率)は障壁幅に強く依存します。障壁幅が小さければ小さいほど高い確率でトンネル現象が起こり、逆に大きくなるととたんに確率は低くなります。もう少し言うと障壁幅に対して指数関数的に確率が変化します。図3を見ていただくとより分かりやすいと思います。STMはこの障壁幅にトンネル確率が強く依存する事を利用し測定を行います。次に本題であるSTMの動作原理を説明していきます。

.. image:: nobu-STM-fig2.png
.. image:: nobu-STM-fig3.png

 上でも述べましたがSTMは探針を物質表面上で走査します。この探針を物質表面に近づけ、探針と物質の間に電圧をかけるといったいどうなるでしょう(探針も物質も導電性があるとします)。もちろん普通に考えると、探針と物質がくっついていなければ電流は流れませんね。それは電子にとって空気はポテンシャルの障壁であるからです。実際に乾電池を机の上に置いたとしても空気中を電流が流れたりはしません。ではこの探針を徐々に徐々に近づけていったらどうなるでしょう?もちろん分かりますね、そうトンネル現象です。徐々に近づけてどんどん障壁が薄くなれば電子は空気を通り抜けて探針から物質側(またその逆)へ移動できるのです、つまり電流が流れるわけです。なんと乾電池(〜1.5 V)よりも小さな電圧で電流が流れるのです。まずここまでを図4に示しました。

.. image:: nobu-STM-fig4.png

次に、その状態で探針を水平方向に走査していったらどうなるでしょう。物質表面は原子の凹凸があるわけですから探針と物質の距離が変わります。つまりポテンシャル障壁の幅が変化します。もし幅が大きくなったとしたら、トンネル確率が一気に下がって電流は流れにくくなります。幅が大きくなった場合はその逆です。図5を見ていただくとより分かりやすいと思います。

.. image:: nobu-STM-fig5.png

では、探針を少し水平に動かし電流値が変化したら、元の電流値と同じ値になるように探針と物質表面の距離を変化させ(例えば電流が小さくなったら探針を近づける。)、また少し水平に動かし…、と同じ操作をとても細かい間隔で繰り返していったらどうなるでしょう?探針は物質表面の凹凸をなぞることになりますね(図6,7)。

.. image:: nobu-STM-fig6.png
.. image:: nobu-STM-fig7.png

実はこの探針の動きを画像化するとSTMの画像になります。ここまででSTMの基本的な動作原理はおしまいです。原理は至って簡単ですが、探針をトンネル電流が流れる領域まで近づけ(実際の測定では0.4〜0.7 nm)、さらに電流を一定に保つようにフィードバックをかけながら水平に走査していく、という操作は簡単な事ではありません。他にも原子レベルできれいな表面を見たいとなると表面処理の工夫が必要であったり、表面が汚れないよう周りにほとんど原子のいない超高真空の状態を作ったりと様々な技術的障壁があります。しかし、現在これらの課題は克服され、実際に金属から半導体まで、たくさんの表面が観察されています。

 ここで一つ注意をしておきます。STMは表面の凹凸を画像化すると言いました。しかし厳密に言うと、電流を一定に保つようにして探針がなぞった面と表面原子形状の凹凸は必ずしも一致していません。ただそこまでの議論は専門的にSTMを使わない限り必要ないと思いますので、ここでは行いません。

実際に得られる像
-----------------
 上で原理を説明しましたが、ここでは実際にどのような像が得られるのか紹介します。紹介する像は現在STM観察の標準試料となったSi(111)表面です。百聞は一見にしかず、さっそく見てみましょう。

.. image:: nobu-STM-Si.png

どうでしょうか?初めて見る人も多いと思います。小さなつぶつぶが見えますね、その一つ一つがSiの原子です。とてもきれいに並んでいることが分かります、神秘的ですね。所々Si原子が抜けて欠陥になっているのも分かります。この4枚の像は同じ場所で得られたもので、徐々に拡大していっています。明るいところほど高く、暗いところほど低くなっています。一番拡大した像に2つの段差があります。これはステップとよばれ、どんな平坦な表面にも存在します。STMを使うとこのようにミクロの世界に存在する原子欠陥やステップをとても鮮明に観察することができます。

 ここではSiの紹介にとどまりますが、現在では様々な表面が観察されており、例えば以下のIBMのホームページでいくつか見ることができます。
http://www.almaden.ibm.com/vis/stm/catalogue.html


まとめと補足
-------------
 STMについてエッセンスだけを簡単に説明しました。ここでの目的はSTMの動作原理を知ってもらうこと、そしてなんといっても実際にSTM像を見てもらうことでした。原理は非常に単純なものであることが分かったかと思います。SiのSTM像はどうでしたか?とても感動的だったのではないでしょうか。もしもっとSTMについて知りたいという要望があれば徐々にコンテンツを増やしていこうと思います。また、自分でもっと勉強したい方は、いくつか日本語の本も出ているので参照してみると良いでしょう。

 ここでは述べませんでしたが、現在ではSTMを使って原子を一つ一つ動かすこともできます。これはアトムマニピュレーションと呼ばれ、たくさんの研究者がいろいろな手法を模索し現在も研究が行われています。今のところこの技術を使って新しいデバイスを作成したり、新たな材料を作り出したりすることは成功していませんが、とても夢のある話ですね。ある種、研究者の”遊び”なものかもしれませんが、科学にとても必要な要素である気がします。

 このSTMを応用し様々な顕微鏡が開発されました。原子間力顕微鏡、磁気力顕微鏡、静電気力顕微鏡などがあります。例えば、原子間力顕微鏡は探針と物質表面に働く原子間力を検知しながら物質表面を走査します。これらSTMを応用した顕微鏡をまとめて走査型プローブ顕微鏡(Scanning Probe Microscope: SPM)と呼びます。プローブとは針状のものを使って何かを探ることです。どの走査型プローブ顕微鏡(SPM)も現在では物性研究に欠かせないものとなり、世界中で使われています。


@@author: NOBU@@
@@accept: 2005-03-31@@
@@category: 固体物理学@@
@@id:STM@@
トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Modified by 物理のかぎプロジェクト PukiWiki 1.4.6 Copyright © 2001-2005 PukiWiki Developers Team. License is GPL.
Based on "PukiWiki" 1.3 by yu-ji Powered by PHP 5.3.29 HTML convert time to 0.009 sec.