物理のかぎしっぽ 記事ソース/七次元の外積

記事ソース/七次元の外積

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記事ソースの内容

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七次元の外積
===================================
内積の演算は、一般の $n$ 次元のベクトルについて、問題なく拡張できました。

<tex>
(A_{1},A_{2},...,A_{n})\cdot 
  \left(
    \begin{array}{c}
B_{1} \\
B_{2} \\
\vdots \\
B_{n} \\
    \end{array}
  \right)
=A_{1}B_{1}+A_{2}B_{2}+...+A_{n}B_{n}	
</tex>


ところが、外積の方は今まで三次元でしか計算していません。外積を、他の次元に拡張することは出来ないのでしょうか?そもそも、外積という演算自体が、なんとなくごちゃごちゃしていて、内積ほどはすっきりとは了解し難いものがあります。この記事は、そんな点に気持ちの悪さを感じている人に向けて書きました。結論から言えば、ほとんどの人にとって三次元以外の外積を計算する必要はありませんから、難しいことが嫌いな人は読まなくても大丈夫です。少し高度な内容を含みますが、やる気のある人だけ続きを読んでみて下さい。


四元数を用いた外積の定義
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外積という計算を導入する方法として、 四元数_ を用いるものがあります。リンク先に少し詳しく書いてありますが、四元数とは、一般に $q=s+iu+jv+kw$ の形をした数です。 $s,u,v,w$ は普通の実数ですが、その前についた $i,j,k$ は次の演算規則を満たす、虚数のような(ちょっと違う)数です。

<tex>
i^{2}=j^{2}=k^{2}=-1	\tag{1}
</tex>
<tex>
ij=k,\  jk=i,\  ki=j	\tag{2}
</tex>
<tex>
ji=-k,\  kj=-i,\  ik=-j	\tag{3}
</tex>


こりゃ、いったい何なんだ?と思ってはいけません。四元数とは『こういう数』なのです。私達がよく知っている数とは少し様子が異なりますが、こんな数もあるということです。複素数は二次元の数だと考えることが出来たわけですが、四元数は $(s,u,v,w)$ という四つの部分からなる四次元の数です。 

四元数 $s+iu+jv+kw$ の最初の実数部分、すなわち $s$ を *スカラー部分* 、後半の $iu+jv+kw$ を *ベクトル部分* と呼びます。四元数で何が嬉しいかと言えば、四元数同士で *四則演算を定義できる* ことです。とりわけ、乗法を定義できることがここで重要です。



.. [*] 代数学の立場で考えると、四則演算を定義できる数は、 体_ をなすと考えられます。四元数は四元数体と呼ばれる体をなします。代数学に慣れていない人には意味がよく分からないかも知れませんが『きちんと色々な計算ができる、なかなか立派な数だ』ということです。四元数体は斜体といって、乗法が非可換の体ですが、それでもなかなかしっかりした代数構造を備えています。私達のよく知っている有理数、実数、複素数なども体になりますので、私達は日頃、体をなさない数の不便さをあまり実感することなく暮らしているわけです。この幸運には本当に感謝しなければなりません。


少し脇道に逸れますが、四元数の誕生とベクトルとの関わりに触れておきましょう。実数から複素数へ、つまり一次元の数から二次元の数へと数の概念が拡張されたあと、人々は三次元の数(三元数)を探そうと努力しました。この拡張自体、人間の思考の流れとしては自然なものですが、さらにもし三元数が発見できれば、力学や電磁気学など、実際の物理学の場面で大いに応用できることが期待されていました。四元数の発見者であるハミルトン( $\text{Sir William Rowan Hamilton (1805-1865)}$ )も、当初は学生時代からの親友であるグレーヴス( $\text{John T. Graves (?)}$ )やド・モルガン( $\text{Augustus De Morgan (1806-1871)}$ )等と共に三元数を探す試みに没頭していましたが、試みは成功しませんでした。後年、息子のアーチボルトに宛てた手紙の中で、ハミルトンは当時の状況を次のように回想しています。

"Every morning in the early part of the abovecited month, on my coming down to breakfast, your little brother William Edwin, and yourself, used to ask me, "Well, Papa, can you multiply triplets?" Whereto I was always obliged to reply, with a sad shake of the head: "No, I can only add and subtract them." 

(上述の月[四元数を発見した月]の上旬といえば、毎朝私が朝食に下りていくなり、君の弟のウィリアム・エドウィン、そして君は『ねぇパパ、三元数の掛け算はできた?』と聞いてきたものだったね。私はいつも、悲しみに頭を振りながら『いいや、パパは足し算と引き算しか出来ないんだ。』と答える以外になかったものだよ。(Joh訳))こんな会話が毎朝交わされている家庭はかなり特殊ですが、四元数を発見したときのハミルトンの喜びは想像に余りあります。『パパ、掛け算できたよ!!』(←想像)


三次元ベクトルに対応する三元数を探す試みから始まった四元数の発見ですから、四元数をスカラー部分とベクトル部分に分け、ベクトル部分の演算を三次元のベクトルに対応させることは最初から行われました。四元数の発見は $1843$ 年ですが、ハミルトンは $1846$ 年には既にスカラーとベクトルという言葉を広く使い始めています。 


さて、ベクトル $(A_{1},A_{2},A_{3}),(B_{1},B_{2},B_{3})$ を四元数のベクトル部分 $iA_{1}+jA_{2}+kA_{3}, \  iB_{1}+jB_{2}+kB_{3}$ に対応させると、この二つの四元数の積は次のようになります。三元数では上手に掛け算が定義できませんが、四元数では掛け算が出来るというこの幸福を、もう一度深く味わってください。四元数の乗法には、 *交換則が成り立たない* ことにも注意してください。


<tex>
(iA_{1}+jA_{2}+kA_{3})(iB_{1}+jB_{2}+kB_{3}) 
&= iiA_{1}B_{1}+ ijA_{1}B_{2}+ ikA_{1}B_{3} \\ 
& \  \  + jiA_{2}B_{1}+ jjA_{2}B_{2}+ jkA_{2}B_{3} \\ 
& \  \  + kiA_{3}B_{1}+ kjA_{3}B_{2}+ kkA_{3}B_{3} \\ 
&= -A_{1}B_{1}+ kA_{1}B_{2} -jA_{1}B_{3} \\ 
& \  \  -kA_{2}B_{1}-A_{2}B_{2}+ iA_{2}B_{3} \\ 
& \  \  +jA_{3}B_{1} -i A_{3}B_{2}-A_{3}B_{3} \\ 
&= -(A_{1}B_{1}+A_{2}B_{2}+A_{3}B_{3}) + i(A_{2}B_{3}-A_{3}B_{2}) \\ 
& \  \ + j(A_{3}B_{1}-A_{1}B_{3})+k(A_{1}B_{2}-A_{2}B_{1}) 
</tex>

この結果から、スカラー部分を無視すると、 $i(A_{2}B_{3}-A_{3}B_{2})+ j(A_{3}B_{1}-A_{1}B_{3})+k(A_{1}B_{2}-A_{2}B_{1})$ を得ます。これは私達がよく知っているベクトルの外積 $(A_{2}B_{3}-A_{3}B_{2}, A_{3}B_{1}-A_{1}B_{3}, A_{1}B_{2}-A_{2}B_{1})$ に対応しています。 (ちなみに、マイナスがついてはいますが、スカラー部分は内積になっています。四元数のベクトル部分の掛け算から、私達のよく知っている内積と外積が出てきました!!)


.. figure:: Joh-Hamilton.gif 

	四元数を発見したハミルトン。アイルランドの切手にもなっている。



さらに高次の外積
-----------------------------------------------------
なんとなく察しがついて来たかと思いますが、四元数のように、高次元の $n$ 元数で、うまく四則演算を定義できるものがあれば、そのベクトル部分の積から、高次元の内積と外積が出てくるのでないかと期待できます。 


.. important:: 

	乗法のうまく定義できた $n$ 元数があれば、 $n-1$ 次ベクトルの外積が定義できる。


一般に、 $n$ 元数を 超複素数_ と言いますが、ここでは超複素数の一般論には深入りしません。結論だけ述べると、五元数や六元数では乗法が上手く定義できず、四元数の次に体をなす超複素数は *八元数* です。八元数はハミルトンの友人のグレーヴスによって $1843$ 年に発見されましたが、ケーリー( $\text{Arthur Cayley (1821-1895)})$ )の方が先に論文を出してしまったため、しばしば *ケーリー数* とも呼ばれるものです。


八元数は一般に $a_{1}+ia_{2}+ja_{3}+ka_{4}+la_{5}+lia_{6}+lja_{7}+lka_{8}$ という形をしており、 $a_{1}$ はスカラー部分、後半が七次元のベクトル部分になっています。 $i,j,k,l,li,lj,lk$ の演算は次表に従います。表は「横・縦」という順に読んで下さい。例えば $k\cdot lj$ ならば、三行目六列目 $li$ が積になります。八元数の計算では *結合則さえなりたたない* ことに注意してください。


.. csv-table:: 
  :header: "", "i", "j","k","l","li","lj","lk"
  
  "i",  "-1" , "k" ,"-j","-li","l","-lk","lj"
  "j",  "-k" , "-1" ,"i","-lj","lk","l","-li"
  "k",  "j" , "-i" ,"-1","-lk","-lj","li","l"
  "l",  "li" , "lj" ,"lk","-1","-i","-j","-k"
  "li",  "-l" , "-lk" ,"lj","i","-1","-k","j"
  "lj",  "lk" , "-l" ,"-li","j","k","-1","-i"
  "lk",  "-lj" , "li" ,"-l","k","-j","i","-1"

では、七次元のベクトルを、八元数のベクトル部分に対応させて計算をしてみましょう!(むぅ、大変・・・)添字は $1$ から始まるように直しておきます。


<tex>
&(ia_{1}+ja_{2}+ka_{3}+la_{4}+lia_{5}+lja_{6}+lka_{7})(ib_{1}+jb_{2}+kb_{3}+lb_{4}+lib_{5}+ljb_{6}+lkb_{7}) \\
&=      iia_{1}b_{1}+ija_{1}b_{2}+ika_{1}b_{3}+ila_{1}b_{4}+ilia_{1}b_{5}
	+ilja_{1}b_{6}+ilka_{1}b_{7}\\ 
& \ \ + jia_{2}b_{1}+jja_{2}b_{2}+jka_{2}b_{3}+jla_{2}b_{4}+jlia_{2}b_{5}
	+jlja_{2}b_{6}+jlka_{2}b_{7}\\ 
& \ \ + kia_{3}b_{1}+kja_{3}b_{2}+kka_{3}b_{3}+kla_{3}b_{4}+klia_{3}b_{5}
	+klja_{3}b_{6}+klka_{3}b_{7}\\
& \ \ + lia_{4}b_{1}+lja_{4}b_{2}+lka_{4}b_{3}+lla_{4}b_{4}+llia_{4}b_{5}
	+llja_{4}b_{6}+llka_{4}b_{7}\\ 
& \ \ + liia_{5}b_{1}+lija_{5}b_{2}+lika_{5}b_{3}+lila_{5}b_{4}+lilia_{5}b_{5}
	+lilja_{5}b_{6}+lilka_{5}b_{7}\\ 
& \ \ + ljia_{6}b_{1}+ljja_{6}b_{2}+ljka_{6}b_{3}+ljla_{6}b_{4}+ljlia_{6}b_{5}
	+ljlja_{6}b_{6}+ljlka_{6}b_{7}\\ 
& \ \ + lkia_{7}b_{1}+lkja_{7}b_{2}+lkka_{7}b_{3}+lkla_{7}b_{4}+lklia_{7}b_{5}
	+lklja_{7}b_{6}+lklka_{7}b_{7}\\  
&=      -a_{1}b_{1}+ka_{1}b_{2}-ja_{1}b_{3}-lia_{1}b_{4}+la_{1}b_{5}
	-lka_{1}b_{6}+lja_{1}b_{7}\\ 
& \ \  -ka_{2}b_{1}-a_{2}b_{2}+ia_{2}b_{3}-lja_{2}b_{4}+lka_{2}b_{5}
	+la_{2}b_{6}-lia_{2}b_{7}\\ 
& \ \ + ja_{3}b_{1}-ia_{3}b_{2}-a_{3}b_{3}-lka_{3}b_{4}-lja_{3}b_{5}
	+lia_{3}b_{6}+la_{3}b_{7}\\
& \ \ + lia_{4}b_{1}+lja_{4}b_{2}+lka_{4}b_{3}-a_{4}b_{4}-ia_{4}b_{5}
	-ja_{4}b_{6}-ka_{4}b_{7}\\ 
& \ \ -la_{5}b_{1}-lka_{5}b_{2}+lja_{5}b_{3}+ia_{5}b_{4}-a_{5}b_{5}
	-ka_{5}b_{6}+ja_{5}b_{7}\\ 
& \ \ + lka_{6}b_{1}-la_{6}b_{2}-lia_{6}b_{3}+ja_{6}b_{4}+ka_{6}b_{5}
	-a_{6}b_{6}-ia_{6}b_{7}\\ 
& \ \ -lja_{7}b_{1}+lia_{7}b_{2}-la_{7}b_{3}+ka_{7}b_{4}-ja_{7}b_{5}
	+ia_{7}b_{6}-a_{7}b_{7}\\  
&= -(a_{1}b_{1}+a_{2}b_{2}+a_{3}b_{3}+a_{4}b_{4}+a_{5}b_{5}+a_{6}b_{6}+a_{7}b_{7}) \\ 
& \ \ +i(a_{2}b_{3}-a_{3}b_{2}-a_{4}b_{5}+a_{5}b_{4}-a_{6}b_{7}+a_{7}b_{6}) \\
& \ \ +j(-a_{1}b_{3}+a_{3}b_{1}-a_{4}b_{6}+a_{5}b_{7}+a_{6}b_{4}-a_{7}b_{5}) \\
& \ \ +k(a_{1}b_{2}-a_{2}b_{1}-a_{4}b_{7}-a_{5}b_{6}+a_{6}b_{5}+a_{7}b_{4}) \\
& \ \ +l(a_{1}b_{5}+a_{2}b_{6}+a_{3}b_{7}-a_{5}b_{1}-a_{6}b_{2}-a_{7}b_{3}) \\
& \ \ +li(-a_{1}b_{4}-a_{2}b_{7}+a_{3}b_{6}+a_{4}b_{1}-a_{6}b_{3}+a_{7}b_{2}) \\& \ \ +lj(a_{1}b_{7}-a_{2}b_{4}-a_{3}b_{5}+a_{4}b_{2}+a_{5}b_{3}-a_{7}b_{1}) \\
& \ \ +lk(-a_{1}b_{6}+a_{2}b_{5}-a_{3}b_{4}+a_{4}b_{3}-a_{5}b_{2}+a_{6}b_{1})
</tex>

最後の八行だけ見て頂ければ結構です。四元数のとき同様、スカラー部分(マイナスつきの内積になっている)と、ベクトル部分が得られました。スカラー部分を無視することで、七次元のベクトルの外積を次のように定義できました。


<tex>
  \left(
    \begin{array}{c}
a_{1} \\
a_{2} \\
a_{3} \\
a_{4} \\
a_{5} \\
a_{6} \\
a_{7} \\
    \end{array}
  \right)
\times 
  \left(
    \begin{array}{c}
b_{1} \\
b_{2} \\
b_{3} \\
b_{4} \\
b_{5} \\
b_{6} \\
b_{7} \\
    \end{array}
  \right)
= 
  \left(
    \begin{array}{c}
a_{2}b_{3}-a_{3}b_{2}-a_{4}b_{5}+a_{5}b_{4}-a_{6}b_{7}+a_{7}b_{6} \\
-a_{1}b_{3}+a_{3}b_{1}-a_{4}b_{6}+a_{5}b_{7}+a_{6}b_{4}-a_{7}b_{5} \\
a_{1}b_{2}-a_{2}b_{1}-a_{4}b_{7}-a_{5}b_{6}+a_{6}b_{5}+a_{7}b_{4} \\
a_{1}b_{5}+a_{2}b_{6}+a_{3}b_{7}-a_{5}b_{1}-a_{6}b_{2}-a_{7}b_{3} \\
-a_{1}b_{4}-a_{2}b_{7}+a_{3}b_{6}+a_{4}b_{1}-a_{6}b_{3}+a_{7}b_{2} \\
a_{1}b_{7}-a_{2}b_{4}-a_{3}b_{5}+a_{4}b_{2}+a_{5}b_{3}-a_{7}b_{1} \\
-a_{1}b_{6}+a_{2}b_{5}-a_{3}b_{4}+a_{4}b_{3}-a_{5}b_{2}+a_{6}b_{1} \\      
\end{array}
  \right)
</tex>


なんだかよく見ると、三次元の外積が三つ混ざったような形をしています。


.. [*] 多元数にもっと興味のある人は、多元環、多元体といった言葉をキーワードに、代数学の詳しい本を調べてみて下さい。 


.. [*] 七次元ベクトルの外積では、ヤコビの恒等式 $\bm{A} \times (\bm{B} \times \bm{C})+\bm{B} \times (\bm{C} \times \bm{A})+\bm{C} \times (\bm{A} \times \bm{B})=\bm{0}$ が満たされませんので、リー代数にはなりません。




補足:一次元ベクトルの外積
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
四元数、八元数と見てきましたが、そういえば私達のよく知っている複素数は二元数とも言えるものでした。 複素数 $a+ib$ の $a$ をスカラー部、 $ib$ をベクトル部とみなせば、同様にして一次元ベクトルの外積を定義できそうです。

<tex>
(ib_{1})(ib_{2})=-b_{1}b_{2}
</tex>


四元数や八元数のときと同様、マイナス付き内積のようなスカラー項で出てきましたが、右辺にベクトル部は出てきません。つまり、一次元ベクトルの外積は常に $0$ なのです。何も面白くない結果だと思うかも知れませんが『一次元ベクトルの外積は常に $0$ である』と *定義できた* ことが、何よりも嬉しいことです。



補足2:さらに高次の外積
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
有理数や実数、複素数、四元数、八元数、といった種類の数の集合には乗法が定義できることを見てきました。 $n$ 元数という言い方で統一すれば、 $n=1,2,4,8$ となっています。この調子でいけば、十六元数、三十二元数、。。。。をどんどん定義できるでしょうか?


十六元数は $sedenion$ と呼ばれ、確かにそういうものがあります。しかし、これは非常に厄介な数で、ほとんどまともに計算をできる代物ではありません。

いままでに、 $n$ 元数の $n$ が大きくなっていく過程で、数の代数構造がどのように変わって行ったかを思い出してみましょう。一元数である実数では、数の間に大小関係があり、四則演算をするにも交換則、結合則、分配則がなりたちました。ほとんど完璧と言って良いほど扱い易い数です。複素数(二元数)では、実数に比べ、数の間の大小関係という性質が失われています。(←複素数で不等式は作れないことを高校で習いましたね!)不等式は使えなくなってしまいましたが、四則演算には支障はありません。

これが四元数の乗法になると、交換則が失われ、二つの四元数 $\alpha , \beta$ の積が、一般に $\alpha \beta \ne \beta \alpha$ となります。掛け算の順序に気をつけなければなりません。八元数ではさらに結合則が失われ、一般に三つの八元数 $x,y,z$ の積が $x(yz) \ne (xy)z$ となります。どこから計算を始めるかにも注意をしなければならないわけです。かなり不自由になってきました。


これ以上不自由な乗法など考えたくもありませんが、十六元数では交換則も結合則もなりたたない上に、 *零因子* が出てくるようになります。零因子とは、零ではないもの同士を掛け合わせたときにも零になってしまう場合があるということです。( 環_ 参照。)掛け算の逆演算はかろうじて定義できるものの、零因子のせいで乗法を一意的に定義することができません。さらに、二つの元 $x,y$ から作った積でさえ結合法則を満たしません。 $(xx)y \ne x (xy)$ 。結合則がさらに弱まるわけですね。こうなると、もう掛け算が定義できませんから、 $15$ 次ベクトル同士の外積を十六元数を用いて定義することもあきらめなければなりません。十六元数ではいったいどんな演算が可能なのなのかと言うと、辛うじて冪乗に関して結合則を満たすだけのようです。 $(xx)x=x(xx)$ 。( $power-associative$ と言います。)


.. [*] $(xx)y = x (xy)$ となる性質を $alternative$ と言います。これにあたる○○則といった日本語訳は無いようです。八元数は $alternative$ です。 

結論
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
ベクトルの外積を定義するには、乗法の定義された $n$ 元数が必要でした。乗法の演算が閉じているために、ある程度きちんとした構造を持った乗法の体系がなければならないということです。十六元数まで行くと、乗法さえ普通の意味では定義できませんので、結局、ベクトルの外積が定義できるのは、複素数、四元数、八元数に対応した $1$ 次元、 $3$ 次元、 $7$ 次元のベクトルだけということになります。


他の次元のベクトルで外積を定義できないのは少し残念ではありますが、通常、私達の暮らしている空間が三次元的であることを考えれば、たまたま三次元ベクトルで外積演算が出来るということの方が、かなりの幸運だったのかも知れません。もし私達の住んでいる空間が五次元ユークリッド空間だったら、もしくは、もし四元数に乗法が定義できなかったら、物理の計算に外積を利用することもできず、計算にもっと苦労していたに違いありません。 


.. [*] ただし、外積を他の次元にも拡張しようという試みは色々行われてきました。外積代数という分野には∧(ウェッジと読みます)という外積のような計算が出てきます。ウェッジは外積を少し一般化した積です。さらに興味のある人は、外積代数、微分形式、クリフォード代数といった分野の本を調べてみてください。



.. _参考: http://uk.arxiv.org/PS_cache/math/pdf/0204/0204357.pdf
.. _四元数: http://www12.plala.or.jp/ksp/mathInPhys/quaternion/
.. _体: http://www12.plala.or.jp/ksp/algebra/FieldDef/
.. _超複素数: 
.. _環: http://www12.plala.or.jp/ksp/algebra/RingDef/



@@reference: www.maths.tcd.ie/pub/HistMath/People/Hamilton/QLetter/QLetter.pdf, reference: www.maths.tcd.ie/pub/HistMath/People/Hamilton/Papers.html@@


@@author:Joh@@
@@accept: 2006-07-15@@
@@category: ベクトル解析@@
@@id: SevenDCrossProd@@
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