物理のかぎしっぽ 記事ソース/群の公理

記事ソース/群の公理

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記事ソースの内容

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群の公理
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群論は、代数を学ぶときに恐らく最初に出てくる分野です。代数の基礎になるだけでなく、幾何学や解析など、数学の他の分野でも群論は幅広く利用されています。物理学では、量子力学、化学、結晶学、幾何学、相対性理論など出てきます。文化人類学や社会学に応用された例もあります。一般的に代数系の理論にいえることですが、『何にでも使えるかもしれない』という普遍性と美しさがあります。もちろん、その理論の抽象性にエレガンスを感じてもいいのですが、概して抽象的な議論ばかりが続くと分かりにくくなってきますので、馴れるまでは、あまり細かい定理の証明にはこだわらずに、細かい話題も含めて具体例をたくさん見ていく予定です。

このページで大事なことは、4つの『群の公理』です。



群の公理
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ある集合があって、その集合に関して、次の四つのことが言えるとき、この集合を群と呼びます。そして、この四つの条件を *群の公理* と呼びます。


1. 集合( $G$ )の要素の間に、一意的な演算(仮に $\circ$ としておきます)が成り立ち、その **演算に関して、集合は閉じている** 。
<tex>
\alpha ,\beta \in G\  \Rightarrow \  \alpha \circ \beta \in G
</tex>
2. その演算に対して、 **結合則が成り立つ** 。
<tex>
\alpha \circ (\beta \circ \gamma )=(\alpha \circ \beta )\circ \gamma
</tex>
3. 演算には **単位元が存在する** 。
<tex>
\exists e\  s.t.\  \  \  \alpha \circ e=e\circ \alpha =\alpha \  \  for \  \forall \alpha \in G
</tex>
4. 演算には **逆元が存在する** 。
<tex>
\exists \alpha^{-1}\  s.t.\ \ \  \alpha \circ \alpha^{-1} =\alpha^{-1} \circ \alpha =e \  \ for \  \forall \alpha \in G
</tex>


初めての人は、これだけでは『なんのこっちゃ!』と感じると思います。具体例を次に幾つか挙げて、読者のみなさんが群の公理の意味を『なるほど、そういうことか』と思えることを目指します。とりあえず、たった4つの条件なので、いまのところは覚えておいてください (>_<)。

.. [*] 結合則が成り立つということは、一連の演算があったときに『どこから手をつけてもいい』ということです。 $(a\circ b)\circ c = a\circ (b\circ c)$ がなりたつので、これに括弧をつけず、 $abc$ のように書いてしまっても混乱はない、という主張でもあります。もしも結合則が成り立たないと、連続的に演算を行うのがえらく不便になります。


.. [*] 群の"公理"と題してありますが、この4つの条件は、群とは何かを定めた"定義"なんじゃないのか?と思った人がいるかも知れません。もっともな疑問で、これらを定義だとする立場もあると思います。しかし、クロネッカーがこれを『群の公理』と呼び始めて以来、この四つの条件は公理と呼ぶ慣例になっています。また、集合論的な枠組みで代数学を整理したのは ブルバキ_ ですが、代数構造に定められた演算規則は公理的に与えられたと考えるようです。



いくつかの簡単な例
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細かな証明は省きます。読者のみなさんも、細かな証明には拘泥せず、直観的・常識的に、以下の例を、一つ一つ納得してみるようにしてください。初めての人は、例を見たところで、まだピンと来ないかも知れませんが、とにかく馴れるのが一番です。


例1
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
実数全体の集合 $R$ は、加法に関して群になっています。

1. 実数と実数を足したら、その和も必ず実数です。
2. 実数同士の普通の足し算では、結合則 $(a+b)+c=a+(b+c)$ が成り立ちます。
3. 足し算の単位元は零です。零は実数です。
4. ある実数 $a$ に対し、 $-a$ も実数で、 $a+(-a)=0$ となります。必ず逆元が存在します。


例2
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
実数全体の集合は、乗法に関しては群になりません。零には、逆元が無いからです。「零を除く実数全体の集合 $R^{*}$ 」は、乗法に関して群になります。

.. [*] ある集合から零元を除いたものを*(アスタリスク)を付けて示すことが慣例になっています。上の例以外には、整数 $Z$ から零を除いたものを $Z^{*}$ 、複素数 $C$ から零を除いたものは $C^{*}$ と書いたりします。



例3
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
有理数 $a,b$ に対し、全ての $a+b\sqrt{5}$ の形の実数(零を除く)は、乗法に関して群となります。

1. 二つの元について積をとってみますと、 $(a+b\sqrt{5}) \times (c+d\sqrt{5})=(ac+5bd)+(ad+bc)\sqrt{5}$ となります。一般に $(ac+5bd)$ も $(ad+bc)$ も有理数なので、この集合は乗法に関して閉じていると言えます。
2. 結合則が成り立ちます。例えば次のような感じです。

<tex>
\Big( (a+b\sqrt{5}) \times (c+d\sqrt{5}) \Big) \times (e+f\sqrt{5}) 
= (a+b\sqrt{5}) \times \Big( (c+d\sqrt{5}) \times (e+f\sqrt{5}) \Big)
</tex>

3. 単位元があります。 $1$ です。
4. ある元 $a+b\sqrt{5}$ の逆元は、 $\frac{1}{a+b\sqrt{5}}$ です。ちょっと、次のように変形してみます。

<tex>
\frac{1}{a+b\sqrt{5}} = \frac{a-b\sqrt{5}}{(a+b\sqrt{5})(a-b\sqrt{5})}=\frac{a}{a^{2} -5b^{2}}+\frac{-b}{a^{2}-5b^{2}}\sqrt{5}
</tex>

ここで、 $\frac{a}{a^{2} -5b^{2}}$ も $\frac{-b}{a^{2}-5b^{2}}$ も有理数なので、 $\frac{1}{a+b\sqrt{5}}$ も集合の元であることが分かります。


例4
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
正則な全ての $2 \times 2$ 正方行列の集合は、乗法に関して群をなします。

1. $2 \times 2$ 行列同士の積は、 $2 \times 2$ 行列になります。演算は閉じています。
2. 結合則がなりたちます。 $(AB)C=A(BC)$ 
3. 単位元があります。

<tex>
I=\Big( \begin{array}{cc}
1 & 0 \\
0 & 1 \\
\end{array}
\Big) 
</tex>

4. 正則行列なので、逆行列が存在します。


.. [*] 一般に、実数係数の正則な $n$ 次正方行列の全体からなる集合は群になります。これを *n次の実一般線形群* と呼び、記号 $GL_{n} (R)$ で表わします。この記号は、しばらく使わないので忘れても大丈夫です。


例5
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
全ての $px+q$ の形をした数( $p.q$ は実数)の集合は、一次関数 $f(x)=ax+b \ (a \ne 0)$ の変換に対して群をつくります。

1. 例えば、ある元 $cx+d$ に対し、変換 $f$ を施すと、 $f(cx+d)=acx+(ad+b)$ となります。 $ac$ も $ad+b$ も実数なので、演算は閉じています。
2. 結合則がなりたちます。自分で確認してみましょう。
3. 単位元があります。(ただの $x$ です。)
4. 逆元 $f^{-1} (x)=\frac{1}{a}x-\frac{b}{a}$ が存在します。 $f(f^{-1}(ax+b)) = f^{-1}(f(ax+b)) = x$ 


例6
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
整数全体は、乗法に関して群にはなりません。乗法の逆演算は、逆数を掛けることですが、逆数は、分子が分母で割り切れない限り、整数にはならないからです。

しかし加法に関しては群になります。

1. 整数と整数の和は整数になります。
2. 結合則がなりたちます。例えば $(2+4)+7=2+(4+7)$ とできます。
3. 単位元は $0$ です。
4. 逆元は符号が逆の数です。例えば $3$ の逆元は $-3$ です。


例7
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
幾何ベクトル全体の集合は、加法に関して群になります。

1. 幾何ベクトル同士の和は、幾何ベクトルになります。
2. 結合則が成り立ちます。 $(\bm{a} +\bm{b}) +\bm{c} = \bm{a} +(\bm{b} + \bm{c})$ 
3. 単位元は零ベクトル $\bm{0}$ です。
4. 逆元は、符号が逆(向きが逆)のベクトルです。

<tex>
\bm{a} + (-\bm{a}) = \bm{0}
</tex>

例8
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
図形を、ある直線を挟んで反対側に鏡写しに変換する操作も群になります。


.. image:: Joh-SymEx1.gif
  :align: center

1. この操作を二回行うと、もとの状態に戻ってしまいます。すなわち、二回連続して演算を行うと、単位元になります。あとはこの繰り返しなので、演算は閉じていると言えます。
2. 結合則が成り立ちます。
3. 単位元があります。動かさないことです。
4. 逆元があります。(二回連続すると単位元になるので、自分自身が逆元だと言えます。)

.. [*] 鏡写しだけでなく、平行移動、回転などの操作も群になります。対称性のある構造に対して、群論は非常に強力なツールになりますので、同じ図形が繰り返される壁紙の模様や、同じ格子が並ぶ分子構造の研究などで、図形の変換を元とする群はとても大事です。



抽象群の成立過程
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古代バビロニアや古代ギリシャ以来、19世紀まで、代数学の研究対象は数の性質や、計算法則でした。演算方法に関する研究も、例えば、ベクトルの演算、微分・積分、対数の演算など、個別の演算方法に関するものでした。私達が高校までに習う算数・数学も、ほとんどが、個別の計算技法です。古典的な代数学は、方程式の解法や式変形、計算法則を研究する分野でした。


ところが19世紀に、演算の本質は、対象物(数など)そのものにあるのではなく、対象物の間に成り立つ算法の法則こそが大事なのだ、という視点の転回が起こり、扱う対象も、その対象に成り立つ演算も、すべて抽象化してしまって、『演算対象と、その間に成り立つ演算という *構造だけ* 』を抜き出して考えるという、いわば代数学の抽象化が19世紀に進みました。上の例で考えたように、普通の数の足し算と、ベクトルの足し算はまるで違うものですが、こういった計算を、包括的に扱うことが出来るようになった時点で、非常に大きな質的な変化が数学に起こったと考えて良いでしょう。

もちろん、数学が、それ以前の数学に比べて、論理構造のみを追う論理学や哲学に近くなり、敷居が高くなってしまったのは残念です。あまりに抽象化が進むと、『何の役に立つんだ!』と言いたくなることはあります(特に自分が理解できない場合!)。しかし、抽象化は人類の素晴らしい能力であり、大局的な視点が養われれば、ずっと見通し良く、様々な対象を一段高い視点から捉えられるようになります。


本稿以降に、有限回転群、クラインの四元群などを見ていきますが、日常生活の上ではまったく異なった操作だと思える、数の演算、ベクトルの演算、物体を回転させること、物を並び替えること、物を折り返すこと、などが、まったく同じ議論でまとめて扱えることの強力さとエレガントさを、どうか味わって下さい。



.. [*] 数学とは一種の言語である、という喩えを「数学に出てくる○○空間ってなんだ?」の記事中で用いました。ここでも同じ喩えを使って考えてみると、昔の数学は、単語の意味や用法、一つ一つの熟語を、ある言語について研究していたようなものです。それに対し、抽象数学は、各単語や意味は関係なしに、文法構造だけを抜き出して研究する言語学のようなものです。文法を全く知らないで、耳にした表現を一つ一つノートに集めているだけでは、自ずと記憶力には限界があり、学習には膨大な時間が必要となるでしょう。逆に、文法構造を知っているだけでは、その知識を実際の場面に役立てることは出来ません。この二つの能力は車輪の両輪のようなもので、両方ともある程度心得ているのがバランスの取れた人というものです。純粋数学を勉強している人も、応用物理や工学を勉強している人も、いろいろな分野をバランスよく勉強するのが望ましいでしょう。


もともと、群論は5次方程式以上の代数方程式が、代数的に(解の公式で)解けるか、という問題から発生してきました。このあたりの歴史的経緯については、 三次方程式の解の公式_ に詳しく書いてあります。フランスの大数学者ラグランジェ( $\text{Joseph-Louis Lagrange (1736-1813)}$ )は、三次方程式や四次方程式の解の公式の研究から出発し、元の方程式から次数を落として得た分解方程式の解を置換することで、元の方程式の解を得る点の重要性に着目しました。その後、医者で、数学を趣味としていたルッフィーニ( $\text{Paul Ruffini (1765-1822)}$) は、このアイデアを進め、置換の性質を調べるうちに対称群(置換群)の概念に達しました。ルッフィーニの証明は不完全なものでしたが、証明はガロアによって完成され、本格的に群論への道が開けたわけです。昔の数学者が、三次方程式、四次方程式、五次方程式と、個別に解の公式を考えていたのに対し、代数方程式の解の対称性について、ガロア群と呼ばれる群を対応させ、『代数方程式の解になりうる数全体の集合に共通な性質』を考えることで一挙に問題を解決した鮮やかさは、現代抽象数学が威力を示した最初の例です。


.. [*] 喩え話の続きです。数学を勉強していると言うと『じゃあ、今日の飲み会の割り勘の計算は頼みます』と言うような人がいますが、これは、文法学者が日常会話をペラペラに喋れるものだと勘違いすることと同じです。英会話の先生はペラペラなはずですが、英語学の先生がペラペラだとは限りません。また、『文法重視の受験勉強じゃ、英語はしゃべれるようにならない。会話とリスニングから始めないと!』という主張をする人がいますが、これは言ってみれば、すぐに"役立つ"計算問題だけを重視し、抽象的な数学の概念や論理を軽視するのと同じ立場です。いくら日常会話に足る表現が充実しても、より高度な場面で英語を使い、美しい英語の表現を堪能するには、より根源的で幅広い勉強も必要であり、文法や英語史の知識は理解を深めます。同様に、抽象数学は一見、物理や工学に関係なさそうに思えますが、レベルが上がってくれば、視野を広げ、包括的な理解を助けてくれるという観点で強力な素養となります。そうは言っても『とりあえず、しゃべれればいいや』という人もいるでしょう。人によって、好きな勉強は本当にいろいろです。


ガロアによって理論が確立した対称群ですが、リー( $\text{Marius Sphous Lie (1842-1809)}$ )やクロネッカー( $\text{Leopold Kronecker (1823-1891)}$ )の研究により、対称群は抽象化され、より一般的な群を扱う理論として整備されました。



.. figure:: Joh-Lie.gif

	(リーの連続群論により微分方程式論や解析幾何学へも群論の応用が広がった)



.. _三次方程式の解の公式: http://www12.plala.or.jp/ksp/algebra/CubicEquation
.. _ブルバキ: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%90%E3%82%AD
.. _数学に出てくる○○空間ってなんだ?: http://www12.plala.or.jp/ksp/welcome/gismoSpace/

@@author:Joh@@
@@accept: 2006-04-23@@
@@category: 代数学@@
@@id: GroupAxiom.txt@@
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